伏見稲荷大社には行ったことがありますけど🦊鶴瓶の家族に乾杯「豊臣兄弟!」宮澤エマが秀吉ゆかりの京都・伏見へ!
伏見稲荷大社には行ったことがありますけど
こんにちは
猫好き父さんです
いつにもまして
盛りだくさんでしたね
ぶっつけ京都・伏見の旅!
大河ドラマ「豊臣兄弟!」に出演中の宮澤エマが登場!秀吉ゆかりの城下町、京都・伏見へ。竜馬通り商店街では、どんなに褒めても「大したことないです」と謙遜してしまう割ぽうの店主や、八百屋さんが厳選した賀茂なすなど旬の京野菜を味わう!さらに洋服店で急きょウクレレライブを開催!そして、たまたま道で出会った地元の社長さんが旅のキーマンに!熱烈なエスコートに宮澤もたじたじ。鶴瓶は鶴瓶の息子と名乗る男性に遭遇!
出演者
【司会】笑福亭鶴瓶,【出演】宮澤エマ,【アナウンサー】小野文惠,【語り】常盤貴子,三宅民夫
#鶴瓶の家族に乾杯#豊臣兄弟! に出演中の #宮澤エマ が京都・伏見へ。竜馬通り商店街の八百屋さんが厳選した賀茂なすなど旬の京野菜を味わう!さらに、偶然出会った社長さんと絶品うどんランチ!
— NHK大阪放送局 (@nhk_osaka_JOBK) July 5, 2026
📺7月6日(月)夜7:57 [NHK総合]https://t.co/amjXpxsznq
宮澤エマさん
宮澤エマさんは、舞台・ミュージカルで培った高い演技力を武器に、近年はテレビドラマや映画でも存在感を発揮している女優です。知的で芯の強い役柄からコミカルな役まで幅広く演じられることから、近年最も評価を高めている俳優の一人といわれています。(ナタリー)
プロフィール
また、祖父は第78代内閣総理大臣の宮澤喜一です。もっとも、本人は政治家ではなく、芸能の道を選びました。(エキサイト)
デビュー当初
芸能界入り当初はバラエティ番組や情報番組への出演も多く、「知的タレント」として知られていました。
しかし本人が一貫して目指していたのは俳優、とりわけミュージカル女優でした。2013年頃から本格的に舞台へ進出し、着実に実績を積み重ねています。(スポニチ Sponichi Annex)
舞台での高い評価
宮澤エマさんを語るうえで欠かせないのが舞台です。
代表作には、
メリリー・ウィー・ロール・アロング
ジキル&ハイド
日本の歴史
ラビット・ホール
オデッサ
などがあります。
『ラビット・ホール』での演技は高く評価され、第31回読売演劇大賞・優秀女優賞、さらに第49回菊田一夫演劇賞を受賞しました。(ナタリー)
テレビドラマでの飛躍
近年は映像作品への出演が急増しています。
代表作は、
おちょやん
鎌倉殿の13人
らんまん
フェルマーの料理
ゆりあ先生の赤い糸
Destiny
マウンテンドクター
などです。(タレントデータバンク)
特に『鎌倉殿の13人』では、知性と気品を感じさせる演技が大きな話題になりました。
映画
映画では、
記憶にございません!
スオミの話をしよう
国宝
などに出演しています。
三谷幸喜作品との縁が深く、舞台・映画の双方で三谷作品の常連となっています。(ナタリー)
歌唱力の高さ
舞台出身ということもあり、歌唱力には定評があります。
ミュージカルで培われた発声
英語の歌唱
ジャズやポップスまで対応できる表現力
を持ち、コンサートや音楽番組でもその実力を発揮しています。
人柄と魅力
宮澤エマさんの魅力としてよく挙げられるのは、
知的で落ち着いた雰囲気
英語が堪能な国際感覚
舞台で鍛えられた確かな演技力
コメディにもシリアスにも対応できる柔軟さ
です。
舞台では感情を大きく表現し、映像では繊細な演技に切り替えられる点が高く評価されています。
今後への期待
ユーザーさんは朝ドラや大河ドラマ、演技派俳優についてよくご質問されていますが、その観点から見ると宮澤エマさんは**「舞台で完成度を高め、その後映像作品でも実力を認められたタイプの俳優」**です。
華やかなスター性だけでなく、作品全体を引き締める演技力が魅力で、近年は主演級だけでなく重要な脇役としても多くの作品に欠かせない存在となっています。今後もドラマ、映画、舞台の三つの分野で活躍の幅をさらに広げていくことが期待されています。
大河ドラマ『豊臣兄弟!』
大河ドラマ『豊臣兄弟!』は、2026年1月4日から放送されている、NHK大河ドラマの第65作です。
これまで戦国大河の主役として何度も描かれてきた天下人・豊臣秀吉ではなく、その実弟であり、「天下一の補佐役(名ネゴシエーター)」と称された豊臣秀長(とよとみ ひでなが)の目線から、兄弟の強い絆と下剋上のサクセスストーリーをダイナミックに描くエンターテインメント作品です。
ドラマの主要なポイントを分かりやすく整理しました。
🎭 圧倒的な演技派が揃う主要キャスト
若手から実力派、大河お馴染みのスターまで非常に豪華な顔ぶれが揃っています。
豊臣秀長(小一郎) / 演:仲野太賀
本作の主人公。争いを好まず、調整や仲裁の才能を発揮して兄を影から支え続ける、温厚で実務能力に長けた男。
豊臣秀吉(藤吉郎) / 演:池松壮亮
秀長の3歳年上の兄。百姓から天下人へと駆け上がっていく圧倒的なエネルギーと人間味を持つもう一人の主人公。
織田信長 / 演:小栗旬
豊臣兄弟が仕える主君。2022年の大河ドラマ『鎌倉殿の13人』で主演を務めた小栗旬さんが、凄みとカリスマ性あふれる新たな信長像を演じています。
豪華な共演陣
秀長の妻・慶(ちか)役に吉岡里帆さん、秀吉の妻・寧々役に浜辺美波さん、さらに菅田将暉さん、宮﨑あおいさん、そして前回の質問でお話しした宮澤エマさん(信長の妹・お市の方の侍女など織田・羽柴家に関わる重要人物)など、どこを切り取っても主役級のキャストが画面を彩っています。
✍️ 脚本と作品のテーマ:「もしも秀長が長生きしていれば…」
脚本を手がけるのは、ドラマ『半沢直樹』や『下町ロケット』、NHK連続テレビ小説『おちょやん』などで知られる八津弘幸(やつ ひろゆき)氏です。
歴史において「もしも(if)」はありませんが、後世の歴史家から「秀長があと10年長生きしていれば、豊臣政権は崩壊せず、徳川の世にはならなかった(あるいはもっと遅れた)」とまで言われるほど、秀長は豊臣家になくてはならないストッパーでした。
暴走しがちな天才の兄・秀吉と、一癖も二癖もある戦国大名たちの間に立ち、頭脳と交渉術で平和な世を作ろうと奮闘する秀長の生き様が、爽快かつ人間味豊かに描かれています。
📺 物語の現在地(2026年7月現在)
ドラマは現在、まさに戦国時代の最大のターニングポイントである「本能寺の変」を迎えようとしている大激動の局面にあります(7月12日放送の第27回が「本能寺の変」)。
信長による武田氏滅亡ののち、明智光秀の謀反へと繋がっていく緊迫した展開の中で、秀吉・秀長の兄弟がどのようにこの最大の危機を察知し、あの「中国大返し」へと向かっていくのか、毎週SNSでも考察や裏話(小栗信長の独特な演技など)が飛び交い、大きな盛り上がりを見せています。
🗺️ 聖地巡礼も盛り上がり中!
秀長が城主として治め、様々な改革を推し進めた拠点である**奈良県の大和郡山城(大和郡山市)**をはじめ、愛知県の名古屋、滋賀県の長浜など、ゆかりの地には期間限定の「大河ドラマ館」がオープンしており、歴史ファンやドラマファンの旅行先としても現在とても熱いスポットになっています。
映画や演劇の最前線で活躍する若手実力派の仲野太賀さんと池松壮亮さんが、最高の熱量で演じる「新しい豊臣の物語」。これからの後半戦、天下統一へと向かう兄弟のシンクロと、切ない運命の行方から目が離せない一作です。
京都・伏見
京都の南部に位置する「伏見(ふしみ)」は、千本鳥居で世界的に有名な伏見稲荷大社の門前町としての顔、日本を代表する「酒どころ」としての顔、そして幕末の歴史が動いた舞台としての顔など、幾重にも重なる魅力を持った奥深いエリアです。
金閣寺や清水寺がある「京都市街地」とはまた一味違う、独自の発展を遂げてきた伏見の主な魅力を3つのキーワードで紐解きます。
🍶 1. 日本屈指の酒どころ:「伏水(ふしみ)」が育む銘酒
兵庫の灘(なだ)と並び、日本を代表する日本酒の生産地です。伏見の街を歩くと、美しい白壁の酒蔵や、昔ながらの「木製サッシの犬矢来(いぬやらい)」が続く風情ある街並みが広がっています。
名水の街
かつては「伏水」とも書かれたほど、伏見は質の高い地下水が豊富に湧き出る土地です。この地で湧き出る水は、カリウムやカルシウムをバランスよく含む中硬水(やや軟水寄り)で、なめらかで優しい口当たりの日本酒に仕上がることから「伏見の女酒(おんなざけ)」と称されています。
名だたる酒蔵がズラリ
「月桂冠」や「黄桜」「宝酒造」といった全国的メーカーの本社・酒蔵が集結しているほか、こだわりの地酒を醸す伝統的な蔵元が数十軒も軒を連ねています。酒蔵を改装した飲食店や利き酒処も多く、お酒好きにはたまらない聖地です。
⛩️ 2. 世界を魅了するパワースポット:伏見稲荷大社
伏見の北部に鎮座する伏見稲荷大社は、全国に約3万社ある「お稲荷さん」の総本宮です。
鮮やかな朱色の鳥居が隙間なくズラリと並ぶ参道は、異世界に迷い込んだかのような幻想的な美しさ。この鳥居は、願い事が「通る」あるいは「通った」御礼として、江戸時代以降に参拝者から奉納されたもので、現在は稲荷山全体で1万基以上もの鳥居が建てられています。
商売繁盛と五穀豊穣の神様
もともとは五穀豊穣(農業の神様)でしたが、伏見が商業や宿場町として栄えるにつれて「商売繁盛」「家内安全」の神様として全国の商人から篤い信仰を集めるようになりました。
🚢 3. 豊臣秀吉の城下町と、幕末の「坂本龍馬」ゆかりの地
伏見は交通の要所でもあり、歴史の大舞台として何度も登場します。
秀吉が築いた「伏見城」と港町
安土桃山時代、豊臣秀吉が隠居城として「伏見城」を築いたことで、伏見は一躍、日本の政治の中心地(城下町)となりました。さらに秀吉は、宇治川の水流を引き込んで港(伏見港)を整備。京都と大坂を結ぶ、日本最大の水運拠点(宿場町)として人や物資が行き交いました。
幕末の風雲:寺田屋事件
江戸時代末期、薩摩藩の政変や、坂本龍馬が伏見奉行所の捕吏に襲撃された「寺田屋事件」の舞台となった旅籠(はたご)『寺田屋』が、今も酒蔵街の近くに佇んでいます(現在の建物は再建されたもの)。周辺には龍馬ゆかりのスポットや、当時の名残を伝える木造建築が多く残っています。
💡 伏見を訪れるなら:おすすめの楽しみ方
伏見を観光する際は、伏見稲荷大社を参拝したあと、京阪電車や近鉄電車で少し南の「伏見桃山駅」や「中書島(ちゅうしょじま)駅」周辺へ移動するのがおすすめです。
このエリアでは、かつて運送船として活躍した「十石舟(じっこくぶね)」に揺られながら川沿いの酒蔵や柳並木を眺める観光船が運行されており、水郷の街ならではののんびりとした美しいひとときを過ごせます。
三十石船(さんじゅっこくぶね)
三十石船(さんじゅっこくぶね)は、江戸時代に京都(伏見)と大坂(八軒家浜など)を結ぶ淀川の水運で活躍した、最大級の旅客専用の乗り合い船(過書船)です。
当時の交通や文化の歴史を語る上で欠かせない存在ですので、その特徴やエピソードをいくつかご紹介します。
1. 「三十石」の由来と船の規模
名前の「三十石」は、お米を30石(約4,500kg、当時の大人の1年間の米消費量30人分相当)積載できる積載能力に由来しています。
船の大きさは全長約15〜17メートル、幅約2.5メートルほどで、屋根の代わりにむしろを載せた平底の細長い船でした。乗客の定員は28人〜30人程度、それを4〜5人の船頭(加子)が操船していました。
2. 伏見〜大坂間の運行(下りと上り)
淀川の流れを利用するため、下りと上りで所要時間や運行形態が大きく異なりました。
下り(伏見 → 大坂):約6時間
主に夜間に伏見を出発し、川の流れに乗って翌朝に大坂へ到着する「夜船」が一般的でした。乗客は船内で夜を明かしました。
上り(大坂 → 伏見):約12時間
流れに逆らって進むため、倍以上の時間がかかりました。浅瀬や流れの急な場所では、船頭たちが川岸から何本ものロープで船を力任せに引っ張り上げる「お舟引き」が行われました。
3. 三十石船を彩る名物文化
長旅となる三十石船の道中では、淀川独特の文化や名物が生まれました。
「くらわんか舟」
淀川の途中(現在の大阪府枚方市あたり)から、三十石船に近づいてくる小さな「売食船(ごんさいぶね)」のことです。「酒くらわんか、餅くらわんか」と、当時の厳しい身分制度を無視した乱暴でユーモラスな言葉遣いで、乗客に食べ物や酒、ごぼう汁などを売りつけました。これが乗客たちの旅の大きな慰みとなっていました。
「淀川三十石船船唄」
退屈な長旅の徒然を慰めるため、また操船のタイミングを合わせるために船頭や乗客が歌った民謡です。現在も伝統芸能として歌い継がれています。
4. 幕末の歴史の舞台
三十石船が発着した伏見の港町(寺田屋周辺など)は、幕末には坂本龍馬をはじめとする志士たちが頻繁に行き来した歴史の表舞台でもありました。龍馬や多くの旅人が、この三十石船を利用して大坂と京都を往来していました。
5. 終焉と、現代への復活
明治時代に入ると、蒸気船の導入や鉄道(現在の京阪電鉄やJRなど)の開通によって交通の主役が陸路へと移り、大正時代の1920年頃に三十石船はその役目を終えました。
しかし現在、かつての港町・伏見の風情を伝えるために、観光遊覧船として「十石舟(じゅっこくぶね)」や「三十石船」が復元されています。
月桂冠大倉記念館の裏手や寺田屋近くの濠川(宇治川派流)から乗船でき、柳並木や歴史ある酒蔵の町並みを水上からゆったりと眺めることができる人気の観光アクティビティとなっています(※現在の三十石船は主にイベント等の特定日運航が中心で、普段は一回り小さな十石舟が定期運航されています)。
竜馬通り商店街
京都・伏見の酒蔵街のなかに位置する(りょうまどおり)は、その名の通り幕末の英雄・坂本龍馬ゆかりの歴史と、レトロな下町情緒が融合した魅力的な商店街です。
三十石船の港や旅籠「寺田屋」からほど近く、かつて龍馬や志士たちが駆け抜けたであろう道が、現在は新旧の個性豊かなお店が並ぶ人気の散策スポットになっています。
その特徴や歩き方のポイントをご紹介します。
🧭 1. 幕末へタイムスリップしたような街並み
に一歩足を踏み入れると、石畳風に整備された路地と、ガス灯を模したノスタルジックな街灯が目を引きます。
通り沿いの建物の多くは、京都の伝統的な格子窓や犬矢来(いぬやらい)を残した木造建築。いたるところに坂本龍馬のイラストや写真、ゆかりの案内板が掲げられており、歴史ファンならずとも歩くだけでワクワクする工夫が施されています。
🛍️ 2. 「龍馬」にちなんだユニークなグルメと銘店
約130メートルの短い通りですが、ここには伏見の酒どころならではのお店や、ユニークな「龍馬グルメ」が集まっています。
老舗の茶舗や酒販店
江戸時代から続く宇治茶の専門店や、地元の銘酒がズラリと並ぶ酒屋さんがあり、伏見の豊かな食文化を体電できます。
龍馬・幕末モチーフのメニュー
「龍馬カプチーノ」が名物のカフェや、龍馬が愛した軍鶏(しゃも)料理にちなんだグルメ、幕末の志士の名前を冠したオリジナルメニューを提供する飲食店が点在しています。
🚶 3. 周辺の歴史スポットと繋がる「散策の要」
この商店街は、伏見観光を徒歩で楽しむ際の大変便利な「通り道」であり「ハブ」の役割を果たしています。
寺田屋(徒歩約2分)
商店街の南側へ抜けると、すぐ近くに龍馬が襲撃されたあの「寺田屋」があります。
伏見の酒蔵・十石舟乗り場(徒歩約3〜5分)
白壁の酒蔵が美しい「月桂冠大倉記念館」や、前述の「十石舟」の乗船場も目と鼻の先です。
伏見大手筋商店街(北側に隣接)
北側は、伏見で最も賑やかなアーケード街「伏見大手筋商店街」に直結しています。最新のショップが並ぶ大商店街から、一歩路地に入ると急にレトロなへと景色が変わるギャップも魅力の一つです。
💡 旅のワンポイント:夕暮れ時の散策もおすすめ
日中の食べ歩きや歴史散策はもちろん楽しいですが、夕方になると街灯(ガス灯風ランプ)に灯りがともり、さらにロマンチックで幻想的な雰囲気に包まれます。
近くの酒蔵や居酒屋で伏見の地酒を一杯楽しんだあと、ほろ酔い気分でこのライトアップされた石畳を歩くのは、伏見ならではの大人の贅沢な過ごし方です。
春の京野菜
京都の厳しい寒さが和らぎ、鴨川沿いの桜がほころぶ頃、京都の食卓や料亭を鮮やかに彩るのが「春の京野菜」です。
京都の盆地特有の豊かな水と土壌、そして伝統的な職人技が育む京野菜には、春の訪れを告げる独特の香りと、冬の間に蓄えられた濃厚な甘みがあります。
いまの季節(あるいは春の京都旅)でぜひ味わいたい、代表的な春の京野菜とその魅力を3つに絞ってご紹介します。
🎋 1. 塚原(つかはら)のタケノコ:至高の「白子(しろこ)タケノコ」
春の京野菜の王様といえば、なんといっても「タケノコ(洛西・塚原産など)」です。京都のタケノコは、私たちが普段目にするものとは格が違います。
まるで梨のような甘みと柔らかさ
特に西京区の塚原などで採れる最高級品は「白子(しろこ)」と呼ばれ、タケノコの皮が黄色く、身が透き通るように白いのが特徴です。えぐみが一切なく、刺身(生)で食べられるほど柔らかく、上品な甘みがあります。
伝統の「朝掘り」と「粘土質の土」
京都のタケノコ農家は、1年中かけて竹林にわらを敷き、土を耕してふかふかの赤土の山を作ります。春、まだ地面に芽が出ないうちに、土のわずかなひび割れを手探りで見つけて掘り起こす(朝掘り)ため、日光に当たらず、柔らかく極上のタケノコになります。
🥬 2. 花菜(はなな):京都に春を告げる菜の花
全国的には「菜の花」として親しまれていますが、京都の伝統的な品種は「花菜」と呼ばれ、主に伏見区などで栽培されています。
つぼみを食べる贅沢
菜の花が咲く直前の、きゅっと締まった「つぼみ」の部分を収穫します。
ほろ苦さと、お出汁の調和
独特の爽やかな香りと、心地よいほろ苦さ(辛み)が特徴です。京都では、さっと茹でて上品なお出汁でお浸しにしたり、辛子和えにして春の香りを楽しみます。また、白味噌汁の具としても最高に合います。
🧅 3. 九条ねぎ(春の「葉ねぎ」)
通年で流通している九条ねぎですが、実は「春」の九条ねぎはまた格別の味わいがあります。
冬を越えて、最も柔らかくなる季節
冬の寒さの中で凍らないように自ら「ぬめり(甘み成分)」を蓄えた九条ねぎは、春を迎えると一気に柔らかくなります。
薬味だけじゃない、主役の味
春の九条ねぎは、辛みが少なく、火を通すととろけるような甘みが出ます。京都名物の「ぬた(酢味噌和え)」にしたり、鴨肉や油揚げと一緒に「うどん」や「お鍋(新緑鍋)」にして、ねぎそのものを主役としてドサッと食べるのが京都流です。
🍽️ 京都の春を五感で味わうなら
この時期に京都の割烹や食堂を訪れると、「タケノコとワカメの若竹煮(わかたけに)」や、「花菜の天ぷら」といった、春の素材同士を合わせた贅沢なメニューが黒板に並びます。
また、前回のお話にも登場した名水の街・伏見の「女酒(すっきりとした優しい地酒)」は、春の京野菜が持つほろ苦さや上品な出汁の風味を、これ以上ないほど見事に引き立ててくれます。もし春に京都・伏見方面へ足を運ぶ機会があれば、ぜひ「地酒×春野菜」のペアリングを体験してみてください。
稲荷山の筍
伏見稲荷大社が鎮座する「稲荷山」とその麓に広がる深草(ふかくさ)地域は、実は京都において西京区の塚原や大枝と並ぶ、最高級タケノコ(京たけのこ)の隠れた名産地です。
先ほど春の京野菜として「塚原のタケノコ」をご紹介しましたが、この稲荷山周辺で採れるタケノコもまた、プロや食通の間で「日本一の美味」と絶賛される特別なクオリティを持っています。
その特徴や、なぜそれほど美味しくなるのかの理由をご紹介します。
1. 幻の最高級品「白子(しろこ)タケノコ」が育つ理由
稲荷山周辺の竹林は、タケノコ栽培にこれ以上ないほど適した「粘土質の赤土」に恵まれています。
この土壌は密閉性が高く、地中に豊かな栄養をたっぷりと蓄えます。農家の方々が1年をかけて竹林にわらを敷き、ふかふかの盛り土を手入れすることで、タケノコは日光(紫外線)に一切当たることなく、暗い土の中でじっくりと育ちます。
そうして収穫されたタケノコは、「皮が黄色く、身が全身真っ白」な状態になり、これが最高級の「白子タケノコ」と呼ばれます。えぐみや苦みがほとんどなく、トウモロコシや梨のようなフルーティーな甘みと、驚くほど柔らかくジューシーな食感が特徴です。
2. 一般市場には滅多に出回らない「希少性」
稲荷山のタケノコは、地元の山持ちの農家さんたちが早朝に「朝掘り」したものが、一般のスーパーなどの市場にはほとんど流通せず、京都の高級料亭や割烹、限られた名店へ直接卸されることが大半です。
そのため「知る人ぞ知る幻のタケノコ」と言われており、春にこの味を求めて伏見の老舗を訪れる食通も少なくありません。最近では、地元の点心専門店がこの稲荷山のタケノコを贅沢に使った春限定の「焼売」や「たまご春巻き」を仕込んで話題になるなど、新しい名物としても注目されています。
3. 「竹取物語」や神話に繋がる、深い竹林の歴史
稲荷山一帯、そして隣接する深草周辺は、古くから非常に美しい竹林が広がっており、実は『竹取物語(かぐや姫)』の発祥伝説の地の一つとしても数えられています。
伏見稲荷大社の参拝道を一歩外れ、稲荷山の奥へと続く道を歩くと、一気に空気が変わり、天に向かって美しく伸びる蒼々とした竹林に包まれます。
山中には、竹の鳥居が祀られた「伏見神寶神社(ふしみかんだからじんじゃ)」などもあり、神域の豊かな自然と、お稲荷さんの神聖な水(地下水)によって育まれていることも、この地のタケノコがどこか特別に感じられる理由の一つです。
💡 稲荷山のタケノコを体験するには
春(4月〜5月上旬頃)になると、地元の人々や歴史保存会によって「稲荷山の麓での筍掘り体験」を組み込んだ歴史ウォーキングイベントなどが開催されることがあります。
また、この時期に伏見・稲荷周辺の料理店や、おばんざい屋さんで「地元の筍」としてメニューに並んでいるのを見かけたら、それは非常に幸運な出会いです。お出汁でさっと炊いた「若竹煮」や「天ぷら」で、その感動的な柔らかさと甘みをぜひ味わってみてください。
伏見とうがらし(伏見甘長とうがらし)
伏見とうがらし(伏見甘長とうがらし)は、江戸時代から京都の伏見地域を中心に栽培されてきた、歴史ある「京の伝統野菜」の一つです。
京都では、初夏から夏にかけての食卓に欠かせない定番中の定番野菜であり、その青々とした清涼感のある香りと食べやすさから、全国的にも人気の高い夏野菜です。
その特徴や、地元での美味しい食べ方についてご紹介します。
🌶️ 1. 「辛くない」のが最大の特徴
「とうがらし」という名前がついているため辛いイメージを持たれがちですが、伏見とうがらしは辛み成分(カプサイシン)がほとんどない「甘味種(あまみしゅ)」です。
ピーマンやパプリカの仲間と言えばイメージしやすいでしょうか。ピーマンのような独特の苦みや渋みが少なく、ほのかな甘みと爽やかな風味があるため、野菜が苦手なお子さんでもパクパク食べられるほど瑞々しく優しい味わいです。
2. 独自のスマートなフォルム:「ひもとうがらし」のルーツ
形にも大きな特徴があります。一般的なししとうやピーマンに比べて非常に細長く、長さは10〜15センチメートルほどになります。
別名「伏見甘(ふしみあま)」
その細長いスマートな姿から、古くから「伏見甘長(ふしみあまなが)」とも呼ばれてきました。
皮が薄く、種ごと食べられる
皮が非常に薄くて柔らかいため、口に残らず、加熱するととろけるような食感になります。また、中の種も柔らかいので、わざわざ種を取り除かずに「丸ごと」調理できるのも主婦や料理人に愛される大きなメリットです。
3. 京都の夏の定番おばんざい:美味しい食べ方
伏見とうがらしは、熱を加えることでさらに甘みが引き立ちます。京都の家庭や居酒屋で愛されている代表的な食べ方をご紹介します。
🥢 ① 伏見とうがらしと「じゃこ」の炊いたん(煮物)
京都の夏の定番おばんざいです。丸ごと(または一口大に切った)伏見とうがらしを、ちりめんじゃこと一緒に、お出汁、醤油、みりんでさっと煮含めます。
とうがらしの爽やかな苦みと、じゃこの旨味、お出汁の甘辛さが絶妙に絡み合い、ご飯のおかずにも、冷えた日本酒の肴にも最高に合います。
🔥 ② 丸ごと焼き(焼きとうがらし)
シンプルに網やフライパン、魚焼きグリルで素焼きにし、少し焦げ目をつけます。
これに鰹節をどっさとかけ、生姜醤油やポン酢をたらして丸ごとガブッといくのが堪りません。ビールや、伏見のすっきりとした地酒が止まらなくなる美味しさです。
🍤 ③ 天ぷら
衣をつけてサッと揚げることで、綺麗な緑色が鮮やかに引き立ち、中に甘い水分が閉じ込められてジューシーに仕上がります。
💡 豊臣秀吉の城下町が育んだ、夏のスタミナ源
伏見とうがらしの栽培の歴史は古く、豊臣秀吉が伏見城を築いた安土桃山時代から江戸時代にかけて、肥沃な宇治川周辺の土地で本格的に栽培が始まったとされています。
京都のうだるような盆地の暑さを乗り切るための「ビタミンC」や食物繊維が非常に豊富に含まれており、まさに京都の先人たちが夏バテ防止に食べてきた知恵の詰まったお野菜です。
初夏から秋口(6月〜9月頃)にかけて旬を迎えますので、この時期に京都を訪れたり、お店で見かけたりした際は、ぜひその柔らかくて甘い「京の夏の味」を楽しんでみてください。
堀川ごぼう(ほりかわごぼう)
堀川ごぼう(ほりかわごぼう)は、秋から冬にかけて京都の食を彩る、最高級の「京の伝統野菜」の一つです。
一般的な細長いごぼうとは見た目も栽培方法も全く異なり、初めて見る人は「これがごぼう!?」と驚くほどインパクトのある姿をしています。京都の高級料亭でお正月のおせち料理や冬の贅沢な煮物として重宝される、その独特な魅力をご紹介します。
🪵 1. 驚きのルーツと見た目:太くて「中が空洞」
最大の特徴は、その圧倒的な「太さ」と、幹のようにゴツゴツとした力強い見た目です。
直径はなんと6〜9センチメートル!
一般的なごぼうの何倍もの太さがあり、長さは50センチメートルほどに育ちます。
中心に「す(空洞)」が通っている
堀川ごぼうは、成長すると中心部が自然とラッパのような空洞になります。実はこの空洞こそが最大の特徴で、京都の料理人たちはこの穴に「肉詰め」や「海老のすり身」などを詰めて、見た目も華やかなお料理に仕上げます。
🛠️ 2. 職人技が生み出す、驚異の「2年越し」栽培
これほど太く、柔らかいごぼうを作るために、農家さんは信じられないほど手間暇をかけています。
1年目の春に種をまく:まずは普通にごぼうを育てます。
秋に一度「掘り起こす」:ここが独特です。育ったごぼうを一度わざわざすべて手作業で掘り起こします。
なんと「横向きに寝かせて」植え替える:掘り起こしたごぼうの根の先端を切り落とし、今度は畑の土の浅い部分に真横(水平)に寝かせて再び植え付けます。
2年目の冬に収穫:横に寝かせることで、ごぼうは縦に伸びるのをやめ、土の栄養を吸って「横へ、横へ」と太く肥大化していきます。
このように、一度植え替えて2年がかりで育てるという、日本でも唯一無二の特殊な栽培技法によって、あの独特な太さと柔らかさが生み出されています。
🍽️ 3. 料亭の味:柔らかさと圧倒的な香り
ごぼうは太くなると硬くて筋っぽくなるイメージがありますが、堀川ごぼうは全く逆です。
非常に繊維が柔らかく、肉質がホクホクとしていて、口の中でとろけるような食感になります。さらに、一般的なごぼうに比べて香りが非常に強く、泥臭さが抜けた上品な風味と深いコク(旨味)があります。
🥢 代表的な食べ方
堀川ごぼうの射込み(いこみ)煮
中心の空洞にひき肉や魚のすり身を詰め、お出汁、醤油、みりん、砂糖などで時間をかけてじっくりと不抜の柔らかさになるまで煮含めます。味が中までじわっと染み込み、ごぼうの贅沢な香りと肉の旨味が口いっぱいに広がります。
たたきごぼう(おせち料理)
お正月の縁起物として、おせち料理の「たたきごぼう」や「八幡巻き」にも最高級品として使われます。
💡 豊臣秀吉の「お堀」から生まれた奇跡の野菜
堀川ごぼうの誕生には、京都の歴史が深く関わっています。
安土桃山時代、豊臣秀吉が京都に「聚楽第(じゅらくだい)」という立派な邸宅を築いた際、その周辺に大きな堀(現在の堀川あたり)が掘られました。
秀吉の没後、使われなくなったそのお堀は、近隣の住民たちのゴミ捨て場(主に野菜くずや有機物)になっていきました。
あるとき、お堀の跡地を片付けていた農民が、ゴミの肥沃な土壌の中で何年も放置され、野生化して丸々と太った巨大なごぼうを発見します。食べてみると、これが驚くほど柔らかくて美味しかったため、そこから研究を重ねて現在の「横寝かせ栽培」の技術が確立されました。
まさに「秀吉のお堀(堀川)」から偶然生まれた、京都の歴史のロマンが詰まった奇跡の冬野菜です。
朝日放送(ABC)の狛林利男(こまばやし としお)さん
朝日放送(ABC)の狛林利男(こまばやし としお)さんは、昭和の関西の演芸・バラエティ黄金期を裏方として支え、数々の伝説的なヒット番組を世に送り出した伝説のテレビプロデューサー・ディレクターです。
特に、関西の漫才ブームや公開バラエティ番組の歴史を語る上では絶対に外せない重要人物の一人です。彼の功績や、手がけた代表的な仕事についてご紹介します。
1. 昭和の関西を熱狂させた「お笑い番組」の仕掛け人
狛林さんは、視聴者がお腹を抱えて笑い、劇場のような熱気をお茶の間に届ける「公開収録番組」や「漫才番組」のフォーマットを確立した先駆者です。彼が手がけた番組は、今でもテレビ史に名が残るものばかりです。
『てなもんや三度笠』のプロデューサー
藤田まことさん、白木みのるさんが出演し、最高視聴率が関西で60%近く、関東でも40%を超えたという昭和のモンスター番組『てなもんや三度笠』(1962〜1968年)。狛林さんはこの番組のプロデューサー(あるいはディレクター)を務め、脚本の香川登志緒さんや演出の澤田隆治さんらと共に、毎週生放送さながらの熱気あふれる公開コメディを作り上げました。
漫才ブームの礎を築いた『ABCお笑い新人グランプリ』
現在も若手芸人の登竜門として続く「ABCお笑いグランプリ」の前身となる番組など、上方お笑い界の賞レースや若手発掘番組の立ち上げ・運営に深く関わりました。若き日のダウンタウンや、1980年代の漫才ブームを牽引することになる数々のレジェンド芸人たちを審査し、世に送り出す舞台を整えたのが狛林さんたちの世代です。
2. 演芸界・吉本興業との深い絆
狛林さんの凄さは、単に番組を作るだけでなく、芸人さんや吉本興業などの芸能事務所との間に、極めて深い信頼関係(パイプ)を築いたことにあります。
当時は現代よりもテレビ局と演芸界の距離が近く、プロデューサーは芸人さんのキャラクターを見抜き、誰と誰を組み合わせれば爆発的な化学反応が起きるかを仕掛ける「プロデューサー兼アドバイザー」のような役割も担っていました。
狛林さんは、泥臭く舞台に通い詰め、芸人の本質を見抜く確かな目を持っていました。そのため、多くの師匠方や若手芸人から「狛林さん」と慕われ、彼の頼みならと無茶な企画にも芸人たちが全力で応じたと言われています。
3. 「お笑いのABC」というブランドの確立
関西には多くのテレビ局がありますが、その中で「お笑い・演芸といえばABC(朝日放送)」という強固なブランド・お家芸を決定づけた立役者の一人が狛林さんです。
彼らが作った「生の舞台の臨場感をそのままテレビの電波に乗せる」という情熱やノウハウは、その後の中央競馬中継やバラエティ、そして現代の『M-1グランプリ』(ABCテレビ制作)に至るまで、朝日放送の制作DNAとして脈々と受け継がれています。
日本のテレビバラエティの「原点」を作った、まさに昭和の上方演芸界における偉大なキーマンのひとりです。

















