制服の手本はフランス軍🍡【連続テレビ小説】風、薫る(69)第14週「ウソと誠」
制服の手本はフランス軍
こんにちは
猫好き父さんです
あんな派手派手制服で
ちょくちょく病院にこられたら
目立ってしまって迷惑ですよね(笑)
あらすじ
久しぶりに団子屋で再会したりん(見上愛)とシマケン(佐野晶哉)は、近況を語り合い互いに元気をもらう。同じ頃病院では、ひょんなことから直美(上坂樹里)と小川(甲斐翔真)が中庭でお団子を食べることになり…。ある日、りんは手術を控える山本(本田大輔)と妻のテイ(伊勢佳世)のある約束を知る。
出演者
【出演】見上愛,上坂樹里,佐野晶哉,古川雄大,甲斐翔真,平埜生成,【語り】研ナオコ
原作・脚本
【脚本】吉澤智子,【原案】田中ひかる
音楽
【音楽】野見祐二
小川「もしお邪魔じゃなければ…」
— 朝ドラ「風、薫る」公式 (@asadora_nhk) July 1, 2026
直美「お邪魔です」
直美にまた会いに来たいと話す、とてもまっすぐな小川吾郎。
直美も友人として受け入れました。
👇無邪気な小川をもう一度https://t.co/GVBCezleYf#朝ドラ #風薫る
上坂樹里 甲斐翔真 pic.twitter.com/AXn4IryOJa
明治から昭和にかけて天皇や皇居を護衛した「近衛歩兵(このえほへい)」の制服は、一目でそれと分かる独特の格式高さを備えていました。
あの象徴的なデザイン(特に明治期の紺地の詰襟に赤いアクセント、そして軍帽の赤い太線など)が成立した背景には、「当時の最先端ミリタリーへの憧れ」と「天皇直属の軍隊としての誇りと識別」という2つの大きな理由があります。
1. 創設期の手本は「フランス軍」
明治4年(1871年)に近衛兵の開基となる部隊が編成された当時、日本陸軍が軍制や戦術の手本にしていたのはフランスでした。
そのため、最初の制服(明治6年制定)はフランス陸軍の「チュニック(丈の長い上着)」や「ケピ帽(円筒形の帽子)」のスタイルをほぼそのまま導入しました。
その後、1870年の普仏戦争でフランスがプロイセン(ドイツ)に敗北したことを受け、日本陸軍は徐々にドイツ式(プロイセン式)へと傾倒していきます。しかし、近衛兵の伝統的な儀礼服のベースには、フランス由来の華やかで洗練されたシルエットが根強く残ることになりました。
2. 近衛兵の象徴「赤色(緋色)」の秘密
近衛歩兵の制服を最も特徴づけるのは、軍帽の周りや、上着の襟・袖口にあしらわれた「赤(緋色)」です。これには明確な役割がありました。
一般部隊との決定的な識別
一般の歩兵部隊は、軍帽の帯や襟の色が「黄色(のちに法正化)」でした。これに対し、近衛部隊だけは一貫して「赤色(緋色)」を使用しました。これにより、遠くから見ても「天皇直属の精鋭である」ことが一目で分かるようになっていました。
皇室の守護者としての視覚的効果
「赤」は古来より高貴な色であり、同時に強い存在感を放ちます。宮中の儀式や行幸(天皇のお出かけ)の供奉(ぐぶ)の際、格式高い赤をまとった近衛兵が並ぶことで、国内外に向けて皇室と国家の威厳を誇示する演出効果がありました。
3. 時代に合わせた「実用性」への変化
大正から昭和にかけて、世界の戦争が「目立つ華やかな服」から「カモフラージュ重視の服」へと移行すると、近衛歩兵の衣服も変化を余儀なくされます。
カーキ色(国防色)への移行
日露戦争以降、実戦や通常の任務では一般部隊と同じ「カーキ色(茶褐色)」の軍服(昭五式や九八式など)が主流になりました。
受け継がれた「星の桜冠」
服の色が地味になっても、近衛兵の誇りは帽子に残り続けました。一般の陸軍兵士の五芒星(星形)の帽章に対し、近衛兵だけは「星の周りをサクラの葉(桜冠)がぐるりと囲むデザイン」の帽章が許されていました。また、軍帽の赤い帯(のちに細い一本線などへ簡略化)も、形を変えながら維持されました。
近衛歩兵の制服は、「欧州の洗練された軍装文化」を日本の「天皇直属の精鋭」というシンボルに落とし込んだ結果、あのような独特で厳かな形式へと発展していったのです。

















