お団子30本で人は分かり合えるか?🍡【連続テレビ小説】風、薫る(64)第13週「白日の夢」
お団子30本で人は分かり合えるか?
こんにちは
猫好き父さんです
歴史的に見て
甘いものは
人びとを仲良くさせるようですねえ
あらすじ
ある日、喜代(菊池亜希子)が病院にやってきて、りん(見上愛)や多江(生田絵梨花)たちは久しぶりの再会を喜ぶが、喜代はツヤ(東野絢香)の様子を気にする。直美(上坂樹里)は団子屋でシマケン(佐野晶哉)に出会い…。
出演者
【出演】見上愛,上坂樹里,佐野晶哉,生田絵梨花,菊池亜希子,原嶋凛,池田朱那,東野絢香
原作・脚本
【脚本】吉澤智子,【原案】田中ひかる
音楽
【音楽】野見祐二
直美の“甘いものでうやむや戦術”
— 朝ドラ「風、薫る」公式 (@asadora_nhk) June 25, 2026
休憩中に食べながら話でもしてみたらどうかと
看病婦と見習い生にお団子を30本買ってきた直美ですが……
👇その結果は……🍡https://t.co/wB6nrFdutp
見逃し配信中#朝ドラ #風薫る
猫背椿 明星真由美 池田朱那 川島鈴遥 pic.twitter.com/J44GX8dbqM
明治時代の物価やお団子の事情について、現代の感覚に引き直してご紹介しますね。
当時の「お団子30本」の値段や、好まれていた味の傾向は以下の通りです。
1. 明治時代のお団子30本はいくら?
明治時代(特に物価が比較的安定していた明治20〜30年代頃)は、お団子1串(4玉〜5玉)あたり「4厘(りん)」から「5厘」ほどが相場でした。
※1厘は1銭の10分の1(1円=100銭=1000厘)です。
これを30本分に換算してみます。
当時の価格: 12銭 〜 15銭
現代の価値に直すと: 約2,400円 〜 3,000円
【現代の価値への換算について】
明治中期の「1円」は、現代の約20,000円に相当すると言われています(当時の小学校教員の初任給が8円〜9円、大工の棟梁の全盛期の単価などから算出)。
そのため、1串(5厘)は現代の約100円。30本買うと、現代のお団子屋さんでまとめ買いするのとほぼ同じくらいの感覚(3,000円前後)になります。
日常の気軽なおやつ、あるいはちょっとした手土産として、とても買いやすい親しみやすい価格でした。
2. どんな味が好まれていた?
明治時代に広く愛されていたのは、主に次の3つの味です。現代の定番とほぼ変わりませんが、当時は砂糖の扱いに時代背景がよく表れていました。
① 醤油ダレ(みたらし・焼き団子)
最もポピュラーで、江戸時代から続く定番中の定番です。
生醤油を塗って香ばしく焼いたものや、醤油に葛(くず)や片栗粉でとろみをつけた、今でいう「みたらし団子」のような甘辛いタレが日常的に好まれました。
② あんこ(生あん・団子餡)
明治時代は、国内での砂糖の生産量が増え、一般庶民にも甘いものが広く普及し始めた時代です。
そのため、小豆の「粒あん」や「こしあん」をたっぷりのせたお団子は大人気でした。しっかりとした強い甘みが、当時の人々にとって「ごちそう」であり、エネルギー源でもありました。
③ きな粉
茹でたて、あるいは蒸したてのお団子に、きな粉(当時は砂糖を混ぜたものや、塩を少し利かせたもの)をまぶしたお団子も、手軽な味として人気を集めていました。
明治時代は、東京の「羽二重団子(はぶたえだんご)」のように、江戸から続く名店がますます大繁盛した時代でもあります。お団子は、明治の文明開化で洋食が入ってきても、変わらず庶民のソウルフードとして愛され続けていました。
甘いものがきっかけで、殺気立っていた敵対勢力が嘘のように和解したり、争いを回避したりした歴史上のエピソードは、実は国内外にいくつか存在します。
張り詰めた交渉の場や戦場で、糖分が人々の心を解きほぐした劇的な例を3つご紹介します。
1. カステラがもたらした「島津と一向宗」の和解
日本の戦国〜江戸時代、薩摩(鹿児島)の島津氏は、一向宗(浄土真宗)を厳しく弾圧(禁教)していました。見つかれば処刑されるほどの激しい敵対関係に、一石を投じたのがカステラです。
江戸時代、密かに信仰を続けていた真宗の門徒(信者)たちが、島津の家老たちに長崎から取り寄せた当時最高級の激甘スイーツ「カステラ」を献上しました。
南蛮渡来の圧倒的な甘さと美味しさに感動した家老たちは、なんと「これほど美味いものを作る者に、悪い奴はいない」とすっかり骨抜きに。これがきっかけで、薩摩藩内での一向宗への監視や取り締まりが劇的に緩まり、事実上の黙認状態(和解)へと繋がっていったと伝えられています。
2. スイスを救った「ミルクのスープ(カッペルのミルク粥)」
1529年、スイスで宗教改革を巡り、プロテスタント派(チューリッヒ軍)とカトリック派(5つのカントン軍)が全面戦争寸前まで達しました。両軍は「カッペル」という地で、武器を構えて一触即発の状態で睨み合います。
しかし、前線の兵士たちはもともと同じスイス人。最高指導者たちが天幕で和平交渉をしている間、お腹を空かせた両軍の兵士たちは前線の真ん中に大きな鍋を置きました。
プロテスタント軍は「パン」を出し、
カトリック軍は牛乳(ミルク)を出した。
彼らはそれを混ぜ合わせ、砂糖などで甘く味付けした「ミルク粥(スープ)」を一つの鍋から一緒に突っついて食べたのです。これを見た指揮官たちは戦意を喪失。劇的な和解(第一次カッペル和議)が成立し、流血の惨事は見事に回避されました。この出来事は、スイスの平和主義を象徴する歴史的事件として今も語り継がれています。
3. 信長をうならせた「干し柿」の外交
織田信長と、美濃(岐阜)の斎藤道三が激しく敵対していた頃のエピソードです。
のちに信長の重臣となる丹羽長秀(にわ ながひで)が、敵地である美濃の豪族を調略(味方に引き入れる交渉)しに行く際、持参したのが当時の超高級甘味であった「干し柿(織部柿)」でした。
戦時中でピリピリしていた相手の城主でしたが、差し出された見事な干し柿を口にすると、その濃厚な甘さに顔をほころばせ、一気に交渉の席が和やかになりました。結果として、一滴の血も流すことなく敵の有力者を織田方に寝返らせることに成功しています。
なぜ甘いものは敵を和解させるのか?
医学的にも、糖分を摂取すると脳内で「セロトニン(安心感を与える物質)」や「ドーパミン(快楽をもたらす物質)」が分泌され、攻撃性が下がり、他者への受容性が高まることが分かっています。歴史上の偉人たちも、本能的に「甘いものの融和の力」を感じ取っていたのかもしれません。
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