miletさんがナレーション🎤Dearにっぽん 二足のわらじで見つけた“幸せ”〜北海道・小樽〜
二足のわらじで見つけた“幸せ”〜北海道・小樽〜
こんにちは
猫好き父さんです
偉いですねえ
まさに神の使いというのが
相応しいような方ですね
内容
北海道・小樽にある創建150年の龍宮神社。宮司の本間公祐さんは30年以上にわたって、医師との二足のわらじを履いてきた。神職の家に生まれたが幼い頃からの夢は医師。しかし医師免許をとった直後に先代宮司の父が他界し、神社を継ぐことに。一度は夢を諦め“宮司”になりながら、なぜ再び“医師”となり2つの仕事を続けてきたのか。365日休みなく地域の人の心と体を支える本間さん。奔走する日々の中で語る“幸せ”とは。
出演者
【語り】milet
明日7/12あさ8:25〜 放送
— milet(ミレイ) (@milet_music) July 11, 2026
NHK総合 #Dearにっぽん
「二足のわらじで見つけた“幸せ”
〜北海道・小樽〜」
ナレーションさせていただきました。
本間さんが笑顔で「すごく幸せ」とおっしゃっていたことが印象的でした。
ぜひご覧ください🐉 https://t.co/3k0gdo0Qnm
龍宮神社(りゅうぐうじんじゃ)
北海道小樽市にある「龍宮神社(りゅうぐうじんじゃ)」は、小樽駅から徒歩約5分の高台に位置する歴史ある神社です。2026年にちょうど「創建150年(創祀150年)」という大きな節目を迎えたことで、現在非常に注目を集めています。
幕末の志士であり明治の政治家でもある榎本武揚(えのもとたけあき)が創建した神社であり、海の街・小樽を象徴する数々の特徴やエピソードを持っています。
📜 1. 龍宮神社の歴史と「榎本武揚」との深い繋がり
龍宮神社の歴史は、明治9年(1876年)に遡ります。
榎本武揚による創建
旧幕府軍を率いて箱館戦争を戦った榎本武揚は、後に特赦され、明治政府の開拓使などに任じられて北海道の地へ赴きました。その際、小樽の発展を見据えて土地(現在の稲穂町周辺)の払い下げを受け、自身の遠祖とされる「桓武天皇」を祀る祠(ほこら)を建てたのが始まりです。
アイヌ民族の聖地に建つ神社
神社が建立された場所は、もともとアイヌ民族が「イナウ(木を削って作った祭具・神の依代)」を立てて祈りを捧げていた神聖な場所でした。現在、神社周辺の地名が「稲穂(いなほ)町」と呼ばれているのは、このアイヌ語の「イナウ」が訛って漢字が当てられたことに由来しています。
⚡ 2. 現代(2026年)の「創建150年」記念イベント
2026年は、150周年を祝う記念行事が盛大に行われ、全国的な話題となりました。
「ゆく年くる年」での全国生中継
2026年の年明け(2025年12月31日〜2026年1月1日)には、NHKの『ゆく年くる年』で龍宮神社から全国へ向けて生中継が行われました。元旦午前0時からの「龍神天昇祭」や伝統の松前神楽の奉納が全国にお茶の間に届けられ、記念すべき節目の年が幕を開けました。
戦後初となる「海上渡御(かいじょうとぎょ)」の復活
2026年6月20日〜22日の例大祭では、150年を記念して戦後初となる「お神輿の海上渡御」が挙行されました。神主や巫女、担ぎ手たちが船に乗り込み、小樽港や小樽運河を巡りながら、海上安全や豊漁を祈願する大迫力の神事が行われ、多くの見物客で賑わいました。
👑 3. 驚くべきご利益:「昇り龍」の出世開運パワースポット
龍宮神社は、近年全国から参拝者が訪れる「強力な出世・開運のパワースポット」としても名を馳せています。
「100年目の仲直り」と総理大臣の誕生
平成20年(※由緒書等では平成22年とも)、榎本武揚の没後100年記念祭の際、当時自民党幹事長だった麻生太郎氏が「(かつて敵味方として戦った)100年目の仲直り」として直々にこの神社を参拝し、境内にオンコの木(イチイの木)を植樹しました。
驚くべきことに、麻生氏は正式参拝をしたわずか1ヶ月後に内閣総理大臣に任命されたのです。このエピソードから、「昇り龍のごとく運気が栄える、強運・出世の神様」として広く知られるようになりました。
👁️ 4. 境内の見どころ
社殿の彫刻
大正から昭和初期にかけて造営された風格ある神明造の社殿には、「龍宮神社」の御神額に見事な龍神の一刀彫りが施されています。
榎本武揚の銅像とオンコの木
境内には、優しく小樽の海を見つめる榎本武揚公の銅像が立ち、その近くには麻生太郎氏が植樹したオンコの木が青々と茂っています。
龍蛇神(りゅうじゃしん)
お堂の中には、水や海を守り、火難や災いを除くと言われる「龍蛇神」が鎮座しており、海の街小樽ならではの厚い信仰を集めています。
小樽駅から坂道を少し上ったところにあり、境内からは小樽の美しい海や港、運河周辺を静かに見下ろすことができます。創建150年の特別なエネルギーに満ちた龍宮神社へ、ぜひ足を運んでみてはいかがでしょうか。
本間公祐(ほんま こうすけ)さん
小樽の龍宮神社で第6代宮司を務める本間公祐(ほんま こうすけ)さんは、神職としての顔だけでなく、現役の「医師」としての顔も持つ、非常に異色で精力的な宮司さんです。
まさに「心と体」の双方から地域の人々を支え続けている本間宮司について、知っておきたい素晴らしい特徴とエピソードをまとめました。
🥼 1. 「神職と医師」二足の草鞋(わらじ)を履く宮司
本間宮司を語る上で最大の鍵となるのが、30年以上にわたり「神主であり、内科医でもある」という生活を両立されている点です。
命を救う仕事と、祈りを届ける役職
平日は地元の医療機関(小樽市の三ツ山病院など)に勤務し、地域医療の前線で患者さんの治療にあたっています。本間宮司ご自身も「医師は病から人々の命を救う仕事、神職は人々の祈りや感謝の気持ちを神様にお伝えする役職」と語っており、双方の務めに深い使命感を持って奔走されています。
多忙を極める毎日
休みなく地域の人々のために働き続ける多忙な日々ですが、それを「幸せなこと」と捉えて笑顔で活動を続けられており、地元の方々からも絶大な信頼を寄せられています。ちなみに大学時代は空手道部に所属されており、心身ともに非常にタフな一面も持ち合わせています。
📜 2. 創業者・榎本武揚から代々受け継ぐバトン
龍宮神社は、旧幕府軍を率いて戦い後に明治政府の要職に就いた榎本武揚が創建した神社ですが、本間家と榎本家には深い歴史の繋がりがあります。
本間家で代々継承し、6代目
本間家は、創建者である榎本武揚公から直々に龍宮神社の宮司を拝命した由緒ある家系です。本間公祐宮司は、その伝統を令和の現代へと受け継ぐ6代目のバトンランナーです。
榎本武揚の遺徳を次世代へ
本間宮司は、武揚公が残した「不屈のロマン」や日本の近代化への功績を全国へ発信することにとても力を入れています。2017年には、榎本家の子孫から神社へ奉納された、隕石から作られた神秘の宝剣「流星刀(りゅうせいとう)」を大切に守り伝えているほか、武揚公直筆の貴重な書「北海鎮護」の修復・保護といった文化財を後世に残す活動にも熱心に取り組まれています。
🚀 3. 「創建150年」を大成功に導いた柔軟なリーダーシップ
2026年に迎えた「創建150年」の節目に向け、本間宮司は伝統を守りつつも、現代に即した非常に柔軟でオープンな新しい試みをいくつも主導してきました。
クラウドファンディングの成功
神社の維持や文化財の修復、そして「龍宮神社が榎本武揚ゆかりの地であること」を全国に知ってもらうため、自ら先頭に立ってクラウドファンディングに挑戦。全国から多くの支援を集め、見事に目標を達成しました。
伝統の復活と、新しいカルチャーの融合
150周年の記念例大祭では、戦後初となる「お神輿の海上渡御(かいじょうとぎょ)」を復活させて街を大いに活気づける一方で、過去には境内での「コスプレパレード」や「プロダンサーによる創作舞の奉納」を受け入れるなど、若い世代や地域の人々が神社に親しみを持てるような温かい企画を次々と取り入れています。
🍀 本間宮司の願い
本間宮司は普段から、**「園児や子供たちが神様に見守られ、祖先を敬い、心豊かに育ってくれることこそが神社の役割」**と語っています。
堅苦しい敷居を感じさせず、小樽の美しい海のように広く温かい心で、参拝者や地域の子供たちの健やかな成長を願い続けている素敵な宮司さんです。


















