元家老の長女は伊達じゃなかった💛【連続テレビ小説】風、薫る(40)第8週「夕映え」
元家老の長女は伊達じゃなかった
こんにちは
猫好き父さんです
図らずも
名は体を表すというか
一ノ瀬姓は
伊達じゃなかった
そういう雰囲気があったんでしょうねえ
あらすじ
千佳子(仲間由紀恵)から本心を打ち明けられたりん(見上愛)は、どうすべきか悩み、バーンズ(エマ・ハワード)と直美(上坂樹里)に相談する。思い切って千佳子の夫・元彦(谷田歩)を呼び出したりんは、意外な事実を知り・・一方、一ノ瀬家では、シマケン(佐野晶哉)が美津(水野美紀)と安(早坂美海)にうれしい報告をしに訪れていた。
出演者
【出演】見上愛,上坂樹里,佐野晶哉,生田絵梨花,古川雄大,菊池亜希子,中井友望,木越明,原嶋凛,筒井道隆,水野美紀,仲間由紀恵,【語り】研ナオコ
原作・脚本
【脚本】吉澤智子,【原案】田中ひかる
音楽
【音楽】野見祐二
りん:「空をきれいだと思う人が主人でよかったと……」
— 朝ドラ「風、薫る」公式 (@asadora_nhk) May 21, 2026
りんは千佳子の夫・元彦に千佳子から聞いたふたりの祝言の話をしました。
👇りんの父のことを元彦は知っていましたhttps://t.co/EVcQTk5t1S
見上愛 谷田歩#朝ドラ #風薫る pic.twitter.com/fIh5h5mscJ
三宮 義胤(さんのみや よしたね)
三宮 義胤(さんのみや よしたね)は、幕末から明治時代にかけて活躍した日本の志士であり、のちに外務・宮内官僚として近代日本の国際化を支えた人物です(1844年〜1905年)。
激動の時代を駆け抜け、尊王攘夷の闘士から洗練された宮廷官僚へと華麗なる転身を遂げた、そのドラマチックな生涯について詳しく解説します。
1. 幕末:尊王攘夷の志士として奔走
天保14年(1844年)、近江国志賀郡真野浜村(現在の滋賀県大津市)にある浄土真宗・正源寺の住職の長男として生まれました。
志士の道へ:
若き頃は「三上兵部(みかみ ひょうぶ)」と名乗り、頼三樹三郎や梅田雲浜ら著名な攘夷派の志士たちと交流を持つようになります。やがて岩倉具視らと結びつき、王政復古運動へ深く関わっていきました。
高野山挙兵と戊辰戦争:
慶応3年(1867年)には公家の鷲尾隆聚らとともに高野山で挙兵(高野山挙兵)。翌年からの戊辰戦争では仁和寺宮(嘉彰親王)の軍監として北越や奥羽を転戦し、実際に戦場で功績を挙げた「行動派の志士」でした。
2. 明治:外交官・宮内官僚への転身
明治維新を迎えると、新政府に出仕して兵部省に勤務します。かつて戦場で仕えた東伏見宮嘉彰親王(のちの小松宮)のイギリス留学に随行したことを機に、彼のキャリアは「国際舞台」へとシフトしていきました。
外交の世界へ:
明治10年(1877年)から外務省へ移り、駐ドイツ(当時はプロイセン)日本公使館の書記官として長く現地に赴任しました。ここで最先端の西洋文化や宮廷の外交プロトコル(礼儀作法)を学びます。
宮内省「式部長」としての活躍:
帰国後は宮内省に入省し、持ち前の国際感覚を活かして頭角を現します。明治28年(1895年)には式部長(しきぶちょう)に就任。天皇・皇族の儀式や、外国の国賓をもてなす宮中外交の最高責任者として10年近くその重責を担いました。その多大な功績から、明治29年には男爵の爵位を授けられ、華族に列しています。
3. 英国人女性との国際結婚
三宮義胤を語る上で欠かせないのが、当時としては極めて珍しかったイギリス人女性との国際結婚です。
明治17年(1884年)、小松宮の欧州巡遊に随行した際、イギリスでアレシーア・レイノアという女性と出会い、結婚しました。彼女は日本に帰化して「三宮 八重野(やえの)」と名乗ります。
この妻・八重野も非常に聡明な人物で、明治の宮廷において、西洋の令嬢たちに引けを取らない社交界の華として、夫の宮中外交を陰から強力に支えました。
4. 近年の注目(朝ドラのモデルとして)
ちなみに、現在放送中のNHK連続テレビ小説(朝ドラ)『風、薫る』に登場する、和泉千佳子の夫・和泉元彦のモデルとなったのが、この三宮義胤です。
ドラマでは「侯爵」という設定になっていますが(史実は男爵)、尊王攘夷の志士から華麗な官僚となり、外国人妻と国際結婚を果たすというドラマチックなキャラクターの背景は、義胤の生涯がベースになっています。
💡 まとめ
かつては「外国人を打ち払え(攘夷)」と刀を握って戦っていた若者が、明治維新後はフロックコートに身を包んでイギリス人女性を妻に迎え、日本の皇室と外国の王室を繋ぐ「宮中外交のトップ」となった。三宮義胤という人物は、まさに「激動の明治という時代をそのまま体現したような、柔軟で国際豊かな傑物」であったと言えます。




















