明治でなくても手術は怖い🥼【連続テレビ小説】風、薫る(41)第9週「看病婦とアメ」
明治でなくても手術は怖い
こんにちは
猫好き父さんです
この時代
身体に刃物を入れるって
切腹くらいしか
思い浮かばないのでは?
怖いでしょうねえ
まあ
今でも手術は怖いとは思いますけど
と言って欲しいですね
あらすじ
りん(見上愛)は、千佳子(仲間由紀恵)の手術の前日、千佳子の病室で、一晩を過ごすことにする。迎えた手術当日、医師の今井(古川雄大)の手術介助を手際よく行う看病婦のフユ(猫背椿)の姿を見て、りんは心動かされ、千佳子からは思わぬ言葉をかけられる。
出演者
【出演】見上愛,上坂樹里,生田絵梨花,古川雄大,菊池亜希子,平埜生成,中井友望,木越明,原嶋凛,仲間由紀恵
原作・脚本
【脚本】吉澤智子,【原案】田中ひかる
音楽
【音楽】野見祐二
明治時代の外科手術
明治時代の外科手術は、幕末から導入された西洋医学(主にドイツ医学)が急速に日本の主流へと定着していく、まさに「近代外科の黎明期」でした。
それ以前の江戸時代(1804年)には、華岡青洲が世界初の全身麻酔(麻沸散という漢方薬)による乳がん手術に成功していましたが、明治に入ると西洋から入ってきた揮発性の液体を使う「吸入麻酔」や、のちには「局所麻酔」が主流となっていきます。
当日の手術室の様子や、「麻酔ドクター」や「術看(手術室看護師)」が当時いたのかどうか、そのリアルな舞台裏を詳しく解説します。
1. 明治時代の麻酔はどう行われていた?(麻酔ドクターはいた?)
結論から言うと、現在のようにつきっきりでバイタルを管理する「麻酔科医(専門医)」という独立したポジションはまだありませんでした。 麻酔をかける行為も、基本的には「外科医(執刀医やその助手、あるいは若手の門下生)」が兼任していました。
明治時代に行われていた主な麻酔法は以下の通りです。
クロロホルムやエーテルによる全身麻酔
当時は、患者の口と鼻に「ワイヤー製のマスク」をあて、その上からガーゼを敷いて、クロロホルムやエーテルといった液体をポタポタと垂らす「開放滴下法(てきかほう)」が一般的でした。気化したガスを吸入させることで眠らせるのですが、麻酔の深度を測る精密な機械はないため、患者の呼吸や脈拍、瞳孔の開き具合を医師が経験と目視で必死に確認しながら量を調整していました。
コカインによる局所麻酔の登場
明治20年(1887年)前後になると、海外のトレンドを受けて日本でも「コカイン」を使った局所麻酔法が盛んに研究・実践されるようになります。皮膚や皮下に注射することで痛みをなくす方法で、「全身麻酔に比べて助手の数を減らせるため、人手の足りない医師にとっては非常に有益である」と当時の記録(順天堂の報告など)にも残されています。
2. 「術看(手術室看護師)」はいたの?
現代のように「直接介助(器械出し)」や「間接介助(外回り)」といった高度に専門化された手術室看護師(術看)は、明治初期〜中期にはまだ存在していません。
その役割は、以下のようなグラデーションを経て徐々に形作られていきました。
◆ 明治初期:助手はみんな「男の医学生」
明治の初め頃は、手術の助手や器械の準備、麻酔の滴下、患者の身体を抑えるといったサポート業務は、すべて「男性の医学生」や「若い医師(門下生)」が担っていました。当時、看護という仕事は「身の回りの世話(洗濯や排泄介助)」という認識が強く、医療行為の補助に女性が立ち入ることはほとんどなかったためです。
◆ 明治中期以降:近代看護婦の誕生と手術室への進出
明治18年(1885年)に日本初の看護婦養成所(京都看病婦学校)が設立され、続いて東京の有志共立病院(現・東京慈恵会医科大学付属病院)や日本赤十字社などが本格的な看護婦教育を始めると、状況が変わり始めます。
西洋の教育を受けた「近代看護婦」たちは、非常に優秀で衛生管理の知識も持っていたため、次第に手術室にも入るようになりました。
当時の看護婦の役割:
明治後期の記録や写真を見ると、手術室で白衣やキャップを身にまとった看護婦たちが、「執刀医の後ろに控え、滅菌されたガーゼや包帯を手渡す」「手術器具の消毒・洗浄を行う」といった仕事を任されていたことが分かります。これが、現代の「術看」のルーツと言えます。
3. 明治の手術室はどんな雰囲気だった?
当時の手術は、現代の私たちがイメージする「SF映画のようなクリーンルーム」とは大きく異なっていました。
「お湯とカルボール(石炭酸)」による消毒
イギリスの医師リスターが提唱した「防腐法(殺菌法)」が導入されていました。手術室の中にカルボール液(消毒液)を霧吹きでシューシューと散布したり、器具をカルボール液に浸したりして手術を行っていました。のちの明治後期には、菌を殺すのではなく「そもそも菌を入れない」という現代的な「無菌法(高圧蒸気滅菌など)」へと進化していきます。
衣装は「日常着」から「白衣」へ
明治の初頭は、なんと医師が普段着(フロックコートなど)の袖をまくっただけで手術を行うことも珍しくありませんでしたが、明治中期以降は衛生観念の劇的な高まりにより、全員が白い手術衣(ガウン)や帽子、マスクを着用するスタイルが定着していきました。
💡 まとめ
明治時代の外科手術は、「専門の麻酔医は不在で、執刀チームの医師が感覚を頼りに麻酔をかけ」「手術のサポートは若い男の医学生から、徐々にプロフェッショナルな教育を受けた女性看護婦(術看の卵)へとバトンタッチしていった」という、激動の過渡期にありました。
限られた設備と道具の中で、少しでも患者の痛みを取り除き、感染症を防ごうとした当時の医療従事者たちの壮絶な試行錯誤が、現代の安全な手術の礎になっているのですね。
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— 朝ドラ「風、薫る」公式 (@asadora_nhk) May 24, 2026
「私が手術室でもずっとおそばにいます。」
手術が怖いと涙する千佳子に寄り添うりん。
👇りんの看護が千佳子の心を動かしますhttps://t.co/32nazmeR64
見上愛 仲間由紀恵 pic.twitter.com/SmCPafVTcu




















