男はつらいよ!劇団ひとりの弾丸聖地巡礼の旅💛鶴瓶の家族に乾杯 続・寅さんツアー!劇団ひとり感涙!たつの市の旅
男はつらいよ!劇団ひとりの弾丸聖地巡礼の旅
こんにちは
猫好き父さんです
ちょっと
廻るところ多すぎです
その分
中身が薄くなってますね
ぶっつけ夕焼け小焼け
男はつらいよシリーズ屈指の名作『寅次郎夕焼け小焼け』の舞台・兵庫県たつの市を、劇団ひとりが巡る旅・後編。寅さんが見た山、歩いた橋を発見!50年前の映画そのままの風景に感涙!さらに町の人たちに出会う度に「絶対に行って!」と次々に増えていく目的地...嵐のように龍野の名所を駆け巡る。さらに「子育てが終わったら僕は家に必要?」劇団ひとりのリアルな悩みに、女性がズバっと回答。一方の鶴瓶は、のんびり旅。
出演者
【司会】笑福亭鶴瓶,【出演】劇団ひとり,【アナウンサー】小野文惠,【語り】常盤貴子,三宅民夫
「龍野公園(たつのこうえん)」
兵庫県たつの市にある「龍野公園(たつのこうえん)」は、西播磨(にしはりま)地域を代表する一宇の名級の桜の名所です。一目3,000本とも言われる見事な桜が咲き誇る、春の美しさは圧巻です。
公園の概要、桜の見どころ、そして周囲の歴史的な魅力についてご紹介します。
🌸 1. 龍野公園の桜の見どころ
龍野公園は、鶏籠山(けいろうざん)のふもとに広がる自然豊かな公園です。
一目3,000本の桜
春になると、ソメイヨシノを中心に約3,000本の桜が山肌や公園一帯をピンク色に染め上げます。山を背景に咲き誇る桜のスケール感は素晴らしく、「ひと目3,000本」と称されるにふさわしい絶景が広がります。
桜のトンネル(文学の小径)
公園内にある「文学の小径(こみち)」付近では、道の両側から桜の枝がせり出し、まるで桜のトンネルの下を歩いているようなロマンチックな散策が楽しめます。
幻想的な夜桜ライトアップ
見頃の時期に合わせて「龍野さくら祭」などが開催され、夜間にはライトアップが行われます。昼間の華やかさとは一転して、夜の闇に浮かび上がる夜桜が非常に幻想的です。
🏛️ 2. 歴史を感じる周辺スポット
龍野公園の大きな魅力は、桜と一緒に「播磨の小京都」と呼ばれるたつの市の歴史的な街並みを一網打尽に楽しめるところにあります。
龍野城(たつじょう)
公園は龍野城の跡地(城跡)と隣接しており、白壁の城壁や復元された本丸御殿、隅櫓(すみやぐら)と桜のコラボレーションは「これぞ日本の春」という風情があります。
聚遠亭(しゅうえんてい)
公園内にある龍野藩主・脇坂氏の淡雅な庭園です。ここにある茶室からの眺めが素晴らしく、前庭の桜はもちろん、秋には紅葉の名所としても知られています。
歴史的建造物と城下町
公園から少し歩けば、江戸時代の面影を残す武家屋敷や白壁の土蔵、伝統的な醤油蔵などが並ぶ情緒ある城下町が広がっています。桜めぐりとあわせた歴史散歩に最適です。
🏃♂️ 3. アクセス・基本情報
所在地:兵庫県たつの市龍野町中霞城
アクセス(電車):JR姫新線「本竜野駅」から徒歩で約20〜25分。城下町の風情を楽しみながら歩くのがおすすめです。
アクセス(車):山陽自動車道「山陽姫路西IC」または「龍野IC」から約10〜15分。
駐車場:公園周辺に駐車場がありますが、桜の最盛期やイベント開催時は非常に混雑するため、公共交通機関の利用や早めの時間帯の訪問が推奨されます。
山の緑、お城の白壁、そして満開のピンクの桜が織りなすコントラストが本当に美しい場所です。春のお出かけには間違いなくおすすめのスポットですよ。
「聚遠亭(しゅうえんてい)」
龍野公園内にある「聚遠亭(しゅうえんてい)」の茶室と、別邸(御涼所)に遺されている「抜け穴」の遺構は、藩政時代の優雅な風情と、城郭建築ならではの防衛・危機管理の歴史が同居する非常に興味深いスポットです。
それぞれの特徴と、ミステリアスな抜け穴の謎について解説します。
🍵 1. 心字池に浮かぶ風雅な「茶室」
聚遠亭の中心的な存在である茶室は、江戸時代末期の安政年間に建てられたものです。
京都御所からの拝領移築
当時の龍野藩主・脇坂安宅(わきさか やすおり)が京都所司代を務めていた際、京都御所が炎上しました。その復興に尽力した功績を称え、孝明天皇から御所の一部を拝領し、この地に移築したと伝えられています。
「浮堂(うきどう)」の構造
上空から見ると草書体の「心」の字の形をしている「心字池(しんじいけ)」のほとりに張り出すように建てられており、「浮堂」とも呼ばれます。桃山時代の書院造りの要素を取り入れた風雅な数寄屋造りで、池の水面や周囲の杉垣、庭園と美しく調和しています。
🏢 2. 藩主の別邸「御涼所(おすずみしょ)」
茶室の隣にある「御涼所(聚遠亭別館)」は、藩主脇坂家の別邸・接客所として使われていた建物です。
一見すると非常に簡素で、無駄な装飾を削ぎ落とした「質素倹約」の精神が息づく間取りや意匠をしていますが、随所に高い建築技術が隠されています。
かつてこの場所は「男子禁制(奥向)」であり、入り口の石階段は「女六尺坂」と呼ばれ、男性は階段の手前までしか立ち入ることができず、それ以降の案内はすべて奥女中が引き継いでいたという厳格な歴史もありました。
🕳️ 3. 御涼所の床下に眠る「抜け穴」の謎
この優雅で静謐な別邸(御涼所)の内部には、戦乱や万が一の事態に備えた「抜け穴(隠し通路)」が実在します。
現在の見学状態
御涼所の内部を見学すると、床の一部が透明なアクリルパネル(ガラス)張りになっている場所があり、そこから床下に掘られた本物の「抜け穴」の遺構を間近に覗き込むことができます。
どこへ続いているのか?
この抜け穴が「最終的にどこまで通じていたのか」については、実は現在も正確なルートが分かっていません。一説には、隣接する「龍野城」の内部や、山の上へ逃れるための隠しルートだったのではないかとロマンを誘いますが、真相は謎に包まれています。
平和な時代のユニークな使われ方
緊迫した有事の備えとして作られた抜け穴ですが、徳川の世が安定した元禄時代以降の平和な時代には、ひんやりとしていて温度が一定に保たれる特性を活かして、「味噌樽や漬物樽を保管する即席の床下貯蔵庫(冷蔵庫)」として使われていたという、なんとも微笑ましい記録も残されています。
💡 訪れる際のアドバイス
聚遠亭の敷地内や庭園、建物の外観は年中いつでも無料で自由に見学・散策することができます。
ただし、抜け穴のある「御涼所」などの建物内部に入って見学できる時間(開館時間)は「午前9時〜午後4時30分」(月曜休館)となっていますので、内部の遺構をじっくり見たい方は日中の時間帯に訪れるのがおすすめです。
「鶏籠山(けいろうざん)」
たつの市龍野町のシンボルである「鶏籠山(けいろうざん)」は、標高218メートルのなだらかな山です。龍野公園や聚遠亭のすぐ背後にそびえており、街の歴史や自然と深く結びついています。
この山が持つ歴史的な背景や、名前の由来、自然の魅力について解説します。
🏯 1. 歴史の舞台:「古城(山城)」が眠る山
鶏籠山は、かつて激動の戦国時代に築かれた山城「龍野古城(たつのこじょう)」があった場所です。
赤松氏による築城
文明年間(15世紀後半)、播磨の守護大名・赤松村秀によって山頂に城が築かれたのが始まりです。これが本来の初代「龍野城」にあたります。
山城から平山城への移転
その後、時代が江戸時代へと移り、天下が安定すると、不便な山頂の城は使われなくなりました。藩主の脇坂氏の時代には、山のふもと(現在の龍野公園の隣)に現在の「龍野城(平山城)」が築かれ、政治の拠点が下へと移っていきました。
現在の遺構
現在でも山頂付近には、戦国時代の面影を残す石垣や、曲輪(くるわ)、堀切(ほりきり)といった山城の遺構がひっそりと残されており、歴史ファンに人気のハイキングコースとなっています。
🐔 2. 名前の由来:ニワトリの「かご」に似た形
「鶏籠山」というユニークな名前は、その山の形に由来しています。
ふもとや城下町からこの山を見上げたときに、丸みを帯びたお椀を伏せたようなシルエットが、昔のニワトリを飼うためのかご(鶏籠)の形に似ていることから、古くからこの名で親しまれてきました。
🌿 3. 原始の姿を残す「天然記念物」の自然
鶏籠山のもう一つの大きな特徴は、手つかずの豊かな自然が守られている点です。
龍野原生林(国の天然記念物)
山全体がウバメガシやコジイといった常緑広葉樹の原生林で覆われており、大正大震災のあった1924年(大正13年)に国の天然記念物に指定されました。
なぜ自然が残ったのか?
神聖な信仰の山であったことや、城郭の防衛上の理由から、長年にわたって一般人の立ち入りや樹木の伐採が厳しく禁じられていたため、奇跡的に原始の姿のまま現代に残されることになりました。
🥾 4. ハイキングスポットとしての魅力
龍野公園や聚遠亭の散策路から、そのまま鶏籠山の登山道(ハイキングコース)へと入ることができます。
山頂までは片道約30〜40分程度と、気軽に登れるボリュームです。登山道の途中には、播磨平野や揖保川(いぼがわ)の流れ、たつの市の城下町を一望できる見晴らしの良いスポット点在しており、心地よい汗を流すのにぴったりのロケーションとなっています。
春はふもとの龍野公園の桜を眺めたあとに、新緑の原生林のパワーを感じながら山頂の古城跡を目指す、というルートも非常におすすめですよ。
「ガレリア アーツ&ティー(Galleria Arts & Tea)」
兵庫県たつの市、揖保川にかかる「龍野橋」の東詰に佇む「ガレリア アーツ&ティー(Galleria Arts & Tea)」は、お茶を楽しみながら身近に芸術を感じられる、ノスタルジックなギャラリーカフェです。
店名の「ガレリア」はイタリア語で“小さな美術館”を意味し、その名の通り、単なる喫茶店にとどまらず、地域の文化やアートを発信する大切な拠点となっています。
🏛️ 昭和レトロな建物と特等席のロケーション
お店の建物は、昭和初期に建てられた金融会社の事務所を修復・改装したものです。一歩中へ入ると、タイムスリップしたかのようなノスタルジックな空間が広がっています。
窓からの絶景(特等席)
お店の窓際のカウンター席や2階の畳の部屋からは、揖保川のせせらぎ、龍野橋、そして背後にそびえる鶏籠山(けいろうざん)の風景が一望できます。春の桜、秋の紅葉など、城下町ならではの美しい四季の移ろいを眺めながら、ゆったりとした時間を過ごすことができます。
アットホームな小上がりスタイル
入り口で靴を脱いで上がるスタイルで、まるで誰かの邸宅に遊びに来たかのような居心地の良さがあり、地域の人々の憩いの場となっています。
👩 店主・井上美佳(いのうえ みか)さんと「窓からの景色」
お店を営むのは、オーナーの井上美佳さんです。1999年(平成11年)11月にこのお店をオープンさせました。
実は、この建物の向かいにある実家(アポロ美粧院)で育った井上さんですが、売りに出されていたこの空き家(旧金融会社)に足を踏み入れ、窓から外を見た瞬間に飛び込んできた「鶏籠山と揖保川、そして咲き始めたヤマザクラや一面の菜の花」の美しさに激しく魅了されたことが、すべてのはじまりでした。
子どもの頃から龍野橋越しに眺めるこの景色が大好きだったことを思い出し、「この建物で何かを始めたい」という強い想いから、自らの手で建物をギャラリーカフェへと生まれ変わらせたのです。
🎨 まちづくりとアートへの貢献
井上さんはお店の運営だけに留まらず、たつの市の豊富な文化財や古い町並みを未来へ繋ぐため、地域に深く根ざした活動を続けています。
「オータムフェスティバルin龍野」(2003年〜)の立ち上げ
現代アートと伝統空間を融合させる「龍野アートプロジェクト」(2011年〜)の事務局長
「龍野町屋再生活用プロジェクト」への参加
こうした活動を通じて、アートの力でたつの市の魅力を全国、そして世界へと発信し続けています。
🍛 ガレリアのメニューと楽しみ方
カフェスペースでは、こだわりの地元素材を取り入れた手作りの料理やスイーツが味わえます。
選べるランチセット
メインを「ドライカレー」「ハヤシライス」「イカ墨のピラフ」の3種類から選べるランチが人気です。特に丁寧にトマトソースから作るドライカレーや、イカを丸ごと使った旨味たっぷりのイカ墨ピラフが評判で、お米や野菜にはなるべくたつの市産のものが使われています。
自家製スイーツ
月替わりや季節のフルーツを使った手作りのタルト、シフォンケーキなどが用意されており、こだわりのコーヒーや自家製シロップのドリンクと一緒に楽しめます。
アートと雑貨
店内や2階のギャラリーでは、定期的に絵画や工芸の展覧会、アコースティックな音楽コンサートなどが開催されているほか、セレクトされた可愛い雑貨の販売スペースも併設されています。
📍 基本情報
住所:兵庫県たつの市龍野町富永1439(JR本竜野駅から徒歩約8分、龍野橋のふもと)
営業時間:11:00〜18:00
定休日:水曜日(その他木曜日や夏休みなど要確認)
揖保川のせせらぎを聞き、井上さんが惚れ込んだ鶏籠山の景色を窓越しに眺めながら過ごすひとときは、たつの市を訪れたならぜひ味わいたい特別な時間です。
夕焼小焼の、赤とんぼ
誰もが一度は耳にしたことがある名作童謡『赤とんぼ』(三木露風作詞・山田耕筰作曲)。この哀愁を帯びた美しい歌詞は、作詞家である三木露風(みき ろふう)が、故郷である兵庫県たつの市(旧・龍野町)で過ごした幼少期の記憶と、そこから見上げた夕焼けの情景をベースに書いたものとして広く知られています。
なぜ『赤とんぼ』の歌詞が龍野の夕焼けと深く結びついているのか、その背景にある歴史とドラマを紐解きます。
🌅 1. 歌詞が生まれた背景:龍野での幼少期
三木露風は1889年(明治22年)、現在の兵庫県たつの市に生まれました。しかし彼の幼少期は、決して平坦なものではありませんでした。
母親との生き別れ:
露風が5歳のとき、両親が離婚。母親は家を出て行ってしまい、露風は祖父の家に引き取られて育つことになります。この「母親への切ない慕情」が、のちの『赤とんぼ』の歌詞に深い影を落とすことになります。
15歳で故郷を離れる:
その後、露風は詩人を志して15歳で龍野を離れます。故郷を離れて遥か遠くの地(のちに作詞をする北海道・トラピスト修道院など)で、ふと自分の原風景を振り返ったときに、脳裏に鮮烈に蘇ったのが「幼い頃に龍野の家から見上げた、あの真っ赤な夕焼け」だったのです。
✍️ 2. 歌詞に込められた龍野の情景
『赤とんぼ』の歌詞をじっくり読み解くと、龍野の自然や露風の記憶がリアルに浮かび上がってきます。
「夕焼小焼の、赤とんぼ 負われて見たのは、いつの日か」
ここで歌われている「負われて(おんぶされて)見た」夕焼けこそ、揖保川のせせらぎや鶏籠山(けいろうざん)を真っ赤に染め上げる龍野の夕映えそのものです。露風をおんぶしてくれたのは、生き別れた母親、あるいは彼を優しく面倒みてくれた子守りの奉公娘(姐や)でした。
「山の畑の、桑の実を 小籠(こかご)につんだは、まぼ出しか」
かつて龍野の周辺(播磨地方)は養蚕業が盛んで、鶏籠山のふもとや山肌、畑にはたくさんの「桑の木」が植えられていました。幼い露風が、夕暮れ時に赤とんぼが舞う中で桑の実を摘んで遊んだ思い出が、そのままこのフレーズに投影されています。
🎶 3. 現代に息づく「赤とんぼの里」
たつの市は、この名曲が生まれた背景を大切に守り、現在は「童謡の里」として街づくりを行っています。
三木露風の生家と銅像:
城下町の一角には、露風が少年時代を過ごした木造の生家が今も保存・公開されています。また、龍野城のすぐ近くには、赤とんぼを指にとまらせた三木露風の銅像が夕日に向かって建てられています。
街に流れるメロディ:
たつの市内では、夕方の時間を告げる防災行政無線のチャイムや、地元の信号機の音などに『赤とんぼ』のメロディが使われており、市民の生活に深く溶け込んでいます。
夕日を見る特等席:
揖保川の河原や、龍野橋の東詰あたりから西の山々を眺めると、秋には今でも露風が見たであろう「空一面が燃えるような茜色の夕焼け」と、そこをスイスイと舞う赤とんぼの姿に出会うことができます。
💡 まとめ
三木露風が大人になり、故郷から遠く離れた場所で紡ぎ出した『赤とんぼ』の詩。
そこには、ただ美しい自然の景色だけでなく、「龍野の美しい夕焼け」というお気に入りの風景と、「若くして生き別れた母への恋しさ」という切ない記憶が、一匹の赤とんぼの姿を借りて見事に融合していたからこそ、100年近く経った今でも日本人の心を打ち続ける名曲となったのです。
男はつらいよ 寅次郎夕焼け小焼け
国民的映画シリーズ『男はつらいよ』の第17作目『寅次郎夕焼け小焼け』(1976年公開)は、シリーズ屈指の傑作として名高い作品です。宇野重吉演じる日本画の巨匠「池ノ内青観」と寅さんの奇妙な友情を描いた本作において、兵庫県たつの市(旧・龍野市)の夕焼けは、物語の核心を担う極めて重要なモチーフとして登場します。
この作品で、たつの市の夕焼けに山田洋次監督が込めた演出意図や深い思いについて、いくつかの視点から紐解きます。
🎨 1. 芸術の本質への問い:三木露風の「赤とんぼ」との重ね合わせ
たつの市は、先述の通り童謡『赤とんぼ』の作詞家・三木露風の故郷であり、作中でも「赤とんぼ」のメロディが効果的に使われています。山田洋次監督がこの地をロケ地に選び、夕焼けを描いた背景には、「本物の芸術とは何か」という強いメッセージが込められています。
宇野重吉演じる青観は、東京では「一筆走らせれば数百万円」の値がつく高名な画家ですが、過密なスケジュールと商業主義的なお付き合いに疲れ果て、旅に出ます。そして、寅さんに連れられて訪れた龍野の地で、空を真っ赤に染め上げる見事な夕焼けに出会います。
このとき青観は、利害関係や名声から完全に解放され、純粋に「美しい」と心を動かされます。山田監督は、三木露風がかつて郷愁と共に見上げた龍野の夕焼けを青観にも見せることで、「芸術の原点は、技術やお金ではなく、自然や故郷の美しさに純粋に感動する心(初期衝動)にある」ということを表現したのです。
🍶 2. 「無位の無冠」である寅さんへのリスペクト
この映画の最大の見どころは、世間から大天才と崇められる青観が、龍野の市長や地元の名士たちからの大歓迎(下心の見え隠れする接待)に辟易し、それらをすべて放り出して、寅さんや芸者のぼたん(太地喜和子)と安居酒屋で泥酔するシーンです。
名士たちは青観の「名前(ブランド)」に群がりますが、寅さんだけは相手が偉い芸術家だと知ってからも、全く態度を変えずに「ただの偏屈なじいさん」として対等に、時に説教をしながら付き合います。
山田監督は、たつの市の寂れつつも美しい城下町の夕暮れを背景に描くことで、「本当に尊いのは、社会的地位や肩書ではなく、寅さんのように素朴で、困っている人にそっと寄り添える人間の温かみである」という、シリーズ一貫したテーマをより深く際立たせました。
💔 3. 失われゆく「日本の原風景」への郷愁
1976年という高度経済成長期の終焉期に制作された本作において、龍野の夕焼けは「失われつつある美しい日本への哀愁」でもありました。
映画の終盤、青観は東京に戻り、再び大画伯としての忙しない日常に埋没していきます。しかし、彼の心には間違いなく、寅さんたちと過ごした龍野の夕暮れの光景が焼き付いています。
山田監督は、近代化の波の中で消えゆく地方の美しい自然や、そこに息づく人情を、たつの市の夕焼けという美しい映像に託しました。それは、スクリーンを見つめる観客に対しても、「私たちが本当に大切にすべき、心の故郷(原風景)を忘れてはいませんか?」と問いかけるような、優しくも切ないメッセージだったと言えます。
💡 余談:映画が遺したたつの市へのギフト
映画の中で、青観が芸者のぼたんのために「ササッと数分で描いた龍野の夕焼けの絵」が登場します。この劇中画は、のちにぼたんの窮地を救う奇跡を起こすことになるのですが、このエピソード自体が「どんなに偉い芸術家も、本当に心が動いたときにしか本物の絵は描けない」という山田監督の粋な演出でした。
映画公開から何十年経った今でも、『寅次郎夕焼け小焼け』はシリーズ最高傑作の一本として愛され、映画に描かれた龍野の夕焼けの美しさは、今も多くの『男はつらいよ』ファンをたつの市へと惹きつけるきっかけになり続けています。
兵庫県たつの市の旅:後編#男はつらいよ 大ファン#劇団ひとり さんが
— 鶴瓶の家族に乾杯 (@nhk_kanpai) June 1, 2026
ロケ地を巡ります🚶
さて…
ここでクイズです!
劇団ひとりさんが町の人に聞いて
納得した
”夫婦円満”の秘けつとは?
答えはオンエアで!
今夜7:57~放送📺#鶴瓶の家族に乾杯 pic.twitter.com/PcbmfjvgnC




















