おならってウケるネタなんですねえ💛べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~(22)小生、酒上不埒(さけのうえのふらち)にて
小生、酒上不埒(さけのうえのふらち)にて
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あらすじ
うた麿大明神の会で政演(古川雄大)に激しく嫉妬した春町(岡山天音)は、蔦重(横浜流星)の依頼に筆を取らない状況が続いていた。そんな春町を説得しようと喜三二(尾美としのり)と歌麿(染谷将太)が春町を訪ねる。一方、誰袖(福原遥)は意知(宮沢氷魚)に、蝦夷地の件で協力する代わりに身請けしてほしいと迫る。そして松前廣年(ひょうろく)に接触を試み、“抜荷”と呼ばれる密貿易の証を掴もうとするが…。
出演
【出演】横浜流星,染谷将太,福原遥,桐谷健太,宮沢氷魚,岡山天音,古川雄大,尾美としのり,原田泰造,渡辺謙,木村了,柳俊太郎,安田顕,中村蒼,伊藤淳史,六平直政,山村紅葉,【語り】綾瀬はるかほか
【作】森下佳子
【音楽】ジョン・グラム
酒上不埒(さけのうえのふらち)
**酒上不埒(さけのうえのふらち)とは、江戸時代中後期に活躍した狂歌師であり、戯作者・浮世絵師である恋川春町(こいかわ はるまち)**の狂歌名(ペンネーム)の一つです。
意味
「酒上不埒」という名前は、「酒の上で不届きなふるまいをする」という意味合いが込められています。これは、恋川春町が酒席で自由奔放に振る舞い、その中で機知に富んだ狂歌を詠んだり、面白いことを言ったりする彼のキャラクターを表していると言われています。
恋川春町について
恋川春町(本名:倉橋格)は、駿河小島藩に仕える武士でありながら、多才な文化人として江戸の町で人気を博しました。
- 狂歌師: 「酒上不埒」の名の通り、狂歌(社会風刺や滑稽さを詠んだ短歌)を得意とし、そのユーモアと鋭い視点で多くの読者を魅了しました。
- 戯作者: 黄表紙(おうびょうし)という、絵と文章を組み合わせた江戸時代後期のベストセラー小説のジャンルで活躍しました。代表作に『金々先生栄花夢(きんきんせんせいえいがのゆめ)』などがあります。
- 浮世絵師: 自作の黄表紙の挿絵なども手がけるなど、絵の才能も持ち合わせていました。
彼は、当時の出版文化の中心地であった江戸で、版元である蔦屋重三郎とも深い関わりを持ち、数々のヒット作を生み出しました。
寛政の改革と不遇な最期
しかし、恋川春町は、幕府による出版統制「寛政の改革」の対象となり、著書が摘発されて処罰を受けます。これにより、彼は絶望し、病を得て若くして亡くなったとされています。
「酒上不埒」という狂歌名は、彼の奔放で才能あふれる一方で、時代の波に翻弄された人生を象徴するような名前とも言えるでしょう。現在放送中の大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」でも、恋川春町が描かれており、彼の人物像や「酒上不埒」という名前の由来が注目されています。
駿河小島藩(するがおじまはん)
駿河小島藩(するがおじまはん)は、江戸時代に駿河国(現在の静岡県静岡市清水区小島本町周辺)にあった藩です。石高1万石の比較的小さな藩でしたが、幕末まで約160年間にわたって存続しました。
藩の成り立ちと藩主
- 滝脇松平家: 駿河小島藩の藩主は、徳川氏の親戚である滝脇松平家でした。滝脇松平家は三河十八松平の一つに数えられます。
- 立藩: 初代藩主とされるのは松平信孝(まつだいらのぶたか)です。彼は徳川綱吉の側近として活躍し、元禄2年(1689年)に若年寄に昇進した際に加増を受けて1万石の大名となりました。しかし、彼は翌年に亡くなります。
- 小島陣屋の設置: 2代藩主の松平信治(まつだいらのぶはる)の時代、宝永元年(1704年)に小島村に陣屋が築かれ、ここを拠点に藩政が行われるようになりました。そのため、信治を初代小島藩主と位置付けることもあります。これ以前は、阿部入藩(あべのやはん)とも称されました。
領地
駿河小島藩の領地は、現在の静岡市清水区小島本町を中心とする駿河国の庵原郡、有渡郡、安倍郡にまたがる飛び地領でした。
- 山方: 興津川流域の領地(広瀬、谷津、小島、小河内など)
- 府辺: 駿府周辺の領地(鳥坂、瀬名川、長尾、平山など)
- 浜方: 安倍川河口部の領地(中島など) これらの領地は大きく3箇所に分かれていました。
藩の特色
- 譜代小藩: 1万石という小藩ながら、江戸幕府の要職に就く者も出し、譜代大名として幕府の信任を得て存続しました。
- 交通の要衝: 小島地域は東海道に近く、甲州への入口にも当たるという戦略上重要な地点でした。
- 文武両道: 藩士の中には、学問や芸術に秀でた人物もいました。
- 有名な狂歌師・戯作者である**恋川春町(酒上不埒)**は、小島藩の江戸詰用人(家老)として仕えていました。彼は藩主の松平信義(5代藩主)や松平信進(9代藩主)の時代に活躍しました。
幕末と廃藩置県
幕末期、戊辰戦争が始まると、小島藩は新政府に恭順の意を示します。明治元年(1868年)、徳川家が駿府(静岡)に転封となり静岡藩が成立するのに伴い、小島藩は上総国(現在の千葉県)の桜井(後の桜井藩)へ移封となりました。
その後、明治4年(1871年)の廃藩置県により桜井藩は廃止され、木更津県に統合され、駿河小島藩としての歴史は終わりを告げました。
現在、静岡市清水区小島本町には史跡小島陣屋跡が残っており、当時の石垣や復元された書院などを見ることができます。これは、1万石大名の陣屋としては珍しく、当時の様子を伝える貴重な史跡となっています。
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