trained nurse(トレインドナース) になりませんか?🥼【連続テレビ小説】風、薫る(16)第4週「私たちのソサイエティ」
trained nurse(トレインドナース) になりませんか?
こんにちは
猫好き父さんです
遂に
引き込まれてしまうんですね
ナースの世界
あらすじ
直美(上坂樹里)が捨松(多部未華子)たちと炊き出しに向かうと、偶然、同じ場所で吉江(原田泰造)とりん(見上愛)も炊き出しに来ていた。そんな中、炊き出しを食べた一人の男の子が突然体調を崩す。感染症を疑い誰も助けようとしない中、りんと直美はとっさに子どもに駆け寄る。その二人の姿を見た捨松は、ある提案をするため自宅に呼び寄せる。
出演者
【出演】見上愛,上坂樹里,藤原季節,二田絢乃,多部未華子,原田泰造,【語り】研ナオコ
原作・脚本
【脚本】吉澤智子,【原案】田中ひかる
音楽
【音楽】野見祐二
ソサエティ(Society)活動
「鹿鳴館の貴婦人」として知られる大山捨松(旧姓:山川)が、アメリカ留学中に学び、日本に持ち帰った**「ソサエティ(Society)活動」とは、単なる社交界の華やかさではなく、「女性が主体となって社会の課題を解決する、組織的な慈善・奉仕活動」**のことです。
明治という新しい時代、彼女が目指した「ソサエティ」の本質を解説します。
1. 「奉仕する知性」としてのソサエティ
捨松は11歳から10年間アメリカに留学し、名門ヴァッサー大学を卒業しました。当時のアメリカ(特に東海岸のインテリジェンス層)において、高等教育を受けた女性が「ソサエティ」を通じて社会貢献することは、当然の義務(ノブレス・オブリージュ)と考えられていました。
組織運営のノウハウ: 彼女が学んだのは、寄付金を集めるための「バザー」の開催、議事録の作成、会計報告、そして目的を達成するためのロビー活動といった、極めてプロフェッショナルな組織運営術でした。
慈善(チャリティ)の精神: 恵まれない人々を助けることは、個人の施しではなく、社会をより良くするための「システム」であるという考え方です。
2. 日本での実践:看護と赤十字
帰国後、陸軍大臣・大山巌と結婚した捨松は、その立場を最大限に利用して、日本に「ソサエティ活動」を根付かせようとしました。
有志共立病院のバザー:
1884年、日本初の本格的なチャリティ・バザーを開催しました。鹿鳴館を会場に、貴族の女性たちが手作りの品を販売して病院の建設資金を集めたこのイベントは、当時の日本社会に大きな衝撃を与え、**トランスフォーメーション(意識改革)**を促しました。
日本赤十字社での活動:
看護婦(現在の看護師)の地位向上のために尽力し、自らも看護衣に身を包んで傷病兵の救護にあたりました。「高貴な女性が汚れ仕事をするのか」と驚く周囲に対し、これが真のソサエティ活動であるという背中を見せたのです。
3. 女子教育への情熱
捨松にとって、ソサエティ活動を支えるのは「女性の教育」でした。
津田梅子への協力:
同じ岩倉使節団の留学生であった津田梅子が「女子英学塾(現・津田塾大学)」を設立する際、捨松は強力なサポーターとして動きました。資金集めや理事としての活動を通じて、次世代の女性たちが社会で活躍するための**翼(教育)**を授けようとしたのです。
💡 結論
大山捨松が学んだ「ソサエティ活動」とは、**「教育を受けた女性が、その知性と組織力をもって、医療、教育、福祉といった社会の欠落を埋めていくクリエイティブな奉仕活動」**でした。
彼女が鹿鳴館で見せたドレス姿は、実は日本に「女性による社会参画」という新しい文明の種をまくための、戦略的なプロフェッショナルな姿だったと言えるでしょう。
**トレインドナース(Trained Nurse)とは、日本語で「養成された看護師」**を指し、近代的な看護教育を体系的に受けた専門職のことです。
大山捨松が生きた明治時代において、この言葉は単なる職業名ではなく、日本の医療と女性の地位を根本から変える**トランスフォーメーション(変革)**の象徴でした。その背景と意義を解説します。
1. 「経験」から「学問」への転換
それまでの日本における「看病」は、家族や経験に基づいた素人、あるいは身の回りの世話をする「付き添い」が中心でした。
科学的アプローチ: トレインドナースは、ナイチンゲールの思想に基づき、解剖学、生理学、衛生学、消毒法などの科学的知識を習得しています。
プロフェッショナルな自立: 医師の指示に従うだけでなく、患者の環境を整え、観察し、適切なケアを判断するインテリジェンスを備えた専門職として定義されました。
2. 大山捨松と「看護の夜明け」
アメリカのヴァッサー大学で学んだ捨松は、現地の病院でボランティアとして働き、最新の看護教育を実地で体験しました。
卒業資格の取得: 彼女は大学卒業後、ニューヨークの看護学校でも学び、日本人として初めて正式な**「トレインドナース」の資格**を得たと言われています。
地位向上のための戦略: 当時の日本では、看護は「卑しい仕事」と見なされることもありました。捨松は、伯爵夫人という高い地位にありながら自ら看護の先頭に立つことで、「看護は教育を受けた高潔な女性が担うべき専門職である」というメッセージを発信し続けました。
3. 日本における育成の歴史
捨松や津田梅子、そして当時の先駆者たちの尽力により、日本でもトレインドナースを育てる機関が誕生しました。
有志共立病院看護婦養成所:
1885年に設立された、日本初の本格的な看護学校です。ここで捨松は、留学で培った組織運営のスキルを活かし、バザーで集めた資金を投じるなどして、教育環境の整備にプロフェッショナルとして貢献しました。
軍陣看護と赤十字:
日清・日露戦争において、訓練された看護婦たちが戦地で目覚ましい活躍を見せたことで、トレインドナースの存在価値は国家的に認められるようになりました。
4. 2026年の視点:看護のプロフェッショナリズム
現代の「看護師」という職業は、まさにこの「トレインドナース」の精神が形になったものです。
専門性の高度化: 現代では、特定の分野に特化した「専門看護師」や「認定看護師」など、さらに高度なトランスフォーメーションを遂げています。
自律した存在: 医師と対等なパートナーとして、患者のQOL(生活の質)を支える役割は、捨松が理想とした「知性と慈愛を兼ね備えたプロフェッショナル」そのものです。
💡 結論
トレインドナースとは、**「単なる世話役ではなく、科学的教育によって裏打ちされた専門技術と、社会を良くしようとする高い志を持った、近代医療の礎(いしずえ)となる専門職」**のことです。
捨松がアメリカで学び、日本に持ち帰ったのは、単なる看護の技術ではなく、**「女性が専門知識を持って社会に貢献する」**という新しい生き方のモデルだったと言えるでしょう。
📺#朝ドラ 【#風薫る】
— 朝ドラ「風、薫る」公式 (@asadora_nhk) April 19, 2026
捨松:
「trained nurse(トレインドナース) になりませんか?」
「訓練されたnurse(ナース)という意味です」
捨松に提案を受けたりんと直美。https://t.co/WBqnkwLyW4
👆見逃し配信はNHK ONEで
見上愛 上坂樹里 多部未華子 pic.twitter.com/buhmZuNLRd




















