只より高い物はない💰【連続テレビ小説】風、薫る(42)第9週「看病婦とアメ」
只より高い物はない
こんにちは
猫好き父さんです
信頼関係がないなかで
只で教えてというのも
虫が良し過ぎるかもしれませんねえ
盗むしかない
あらすじ
千佳子の手術が成功したことを受け、病院の意向で、りん(見上愛)や直美(上坂樹里)たち見習い生が、フユ(猫背椿)ら看病婦に看護を教えることとなった。そんなある日、男性が重傷を負って運ばれ、緊急手術が行われることに。今井(古川雄大)と黒川(平埜生成)の指示で、りんと直美は手術介助に入ることになるが…
出演者
【出演】見上愛,上坂樹里,生田絵梨花,古川雄大,菊池亜希子,平埜生成,中井友望,木越明,原嶋凛,筒井道隆,仲間由紀恵
原作・脚本
【脚本】吉澤智子,【原案】田中ひかる
音楽
【音楽】野見祐二
明治時代における「看病婦(現在の看護師)」
明治時代における「看病婦(現在の看護師)」は、日本の近代化とともに誕生した新しい女性の職業でした。その経済事情は、「黎明期の極貧・ボランティアに近い扱い」から「国家資格化に伴うエリート職業への転換」へと、時代とともに激しく変化したという特徴を持っています。
明治期の看病婦たちの収入や生活水準、経済的な立ち位置についていくつかのポイントに分けて解説します。
1. 明治初期:ボランティア精神と極めて低い地位(薄給時代)
明治10年代〜20年代前半にかけて、看護の仕事はまだ「職業」として社会的に認められていませんでした。
無給に近いボランティア扱い
初期の看病婦は、キリスト教系の宣教師が作った病院や、日本赤十字社(日赤)の前身組織などで育成が始まりました。当時は「博愛精神」や「奉仕」が前面に出されていたため、まともな給与(労働の対価)が出ないことも珍しくありませんでした。
「下女」と同等の低い扱い
当時の世間の認識では、看病婦は「病人の世話をする下働き(小使い・下女)」程度にしか見られておらず、社会的地位も経済的待遇も極めて低いものでした。住み込みで食事とわずかな小遣い銭(現在の価値で数千円〜1万円程度)がもらえるだけ、というケースも多く、経済的に自立できるような状況ではありませんでした。
2. 明治中期〜後期:「日赤」の台頭とエリート化(高収入への転換)
明治20年代後半(日清戦争の前後)になると、看病婦の経済事情は一変します。戦争によって戦傷病者のケアを行う専門職としての需要が爆発的に高まり、日本赤十字社が本格的な看護婦養成に乗り出したためです。
良家の子女が集まる「エリート職」へ
日赤の「救護看護婦」になるには、一定以上の学歴(高等小学校卒など)や身元保証が必要となり、お嬢様や士族(旧武士階級)の娘たちがこぞって志願するようになりました。これにより社会的地位が急上昇します。
一般女性の平均を大きく上回る給与
明治30年代〜40年代になると、病院勤務や派遣の看病婦の給与は、当時の女性の一般的な職業(紡績工場の女工や、住み込みの使用人など)に比べて格段に高くなりました。
当時の熟練女工や一般的な事務職の月給が数円〜10円程度だった時代に、一人前の公認看護婦ともなれば月給15円〜25円、場合によっては30円以上を稼ぐ者も現れました。これは当時の若手警察官や小学校教師(男性)の初任給と同等、あるいはそれ以上の水準です。
3. 私費看病婦(付き添い看護)の経済リアル
当時、病院勤務のほかに「私費看病婦(派出看護婦)」と呼ばれる、裕福な個人の家庭に派遣されて24時間体制で付き添い看護を行う働き方もありました。
実入りは良いが、過酷な労働
個人宅への派遣は「日給制」が多く、1日あたり50銭〜1円50銭ほど(月換算で15円〜45円)という、当時としてはかなりの高収入を得ることができました。
ピンハネと不安定さ
ただし、この収入がすべて本人の手元に入るわけではありませんでした。当時は「派出所(エージェント)」と呼ばれる紹介所に所属する必要があり、そこから2割〜4割という高い手数料(ピンハネ)を引かれるのが一般的でした。また、患者が回復すれば仕事がなくなるため、収入の安定性には欠けるという経済的なリスクも背負っていました。
4. 経済的自立と「結婚」への影響
明治時代後期(1915年の「看護婦規則」制定による国家資格化の前夜)には、看病婦は「女性が自分の腕一本で、男に頼らず食べていける数少ない専門職」の代表格となりました。
経済的に自立しているため、当時の一般的な女性のように「生きていくために若くして望まない結婚をする」必要がなく、独身を通す熱心な看護婦も多く存在しました。その一方で、ある程度の貯蓄ができるため、自分で持参金(結納返しや結婚資金)を用意して、対等な立場で条件の良い結婚を選択できるという、当時の女性としては非常に先進的な経済的自由を手にする結婚事情もあったと言われています。
💡 まとめ
明治の看病婦の経済事情は、「社会の下働き(極貧)」から始まり、戦争や近代医学の発展を経て「国家を支える高給エリート専門職」へと成り上がったダイナミックな歴史を持っています。
彼女たちが流した血と汗、そして手にした経済的自立への切符は、大正・昭和へと続く女性の社会進出の大きな先駆けとなりました。
「私に手術介助を教えてください」
— 朝ドラ「風、薫る」公式 (@asadora_nhk) May 25, 2026
テキパキと手術介助をする看病婦・フユの姿を見て頭を下げるりん。
しかしフユは……。
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見逃した方はNHK ONEで
見上愛 上坂樹里 猫背椿#朝ドラ #風薫る pic.twitter.com/AtnX3v9eBa




















