ペンは剣よりも強し?みせてもらおうか シマケンの実力を🖊【連続テレビ小説】風、薫る(51)第11週「凪(なぎ)にそよぐ」
ペンは剣よりも強し?
こんにちは
猫好き父さんです
みせてもらおうか
シマケンの実力を
あらすじ
りん(見上愛)は、夕凪(村上穂乃佳)を救いたい一心で新聞社を訪ねるが、編集長の綿貫(小松和重)から、意外な提案をされ戸惑う。一方、直美(上坂樹里)は夕凪に寄り添い、献身的に看病を続けていた。ある日、新聞を開くとそこにはある記事が掲載されていた。夕凪を助けるためにできることは何か、りんと直美は探し続けるが…。
出演者
【出演】見上愛,上坂樹里,佐野晶哉,内田慈,村上穂乃佳,小松和重,坂東彌十郎
原作・脚本
【脚本】吉澤智子,【原案】田中ひかる
音楽
【音楽】野見祐二
明治時代における新聞
明治時代における新聞は、それまでの「瓦版(かわらばん)」のような単なる噂話の域を超え、近代国家としての日本を形作り、文字通り「世論(よろん)」を生み出して政治や社会を大きく動かす、凄まじいパワーを持ったメディアへと急成長を遂げました。
当時の購読者層の実態や、新聞がどれほど強力な影響力を持っていたのかについて、詳しく解説します。
👥 1. 明治の新聞購読者:どんな人が読んでいたのか?
明治時代の新聞は、その内容やターゲット層によって大きく「大新聞(おおしんぶん)」と「小新聞(こしんぶん)」の2つに分かれており、それぞれ購読者層が異なっていました。
① 大新聞(政論中心・エリート層向け)
主な購読者:旧士族、政治家、官僚、知識人、地主などの富裕層・エリート層
特徴:政治や思想、外交などの硬い議論(政論)が中心でした。非常に難解な漢文調の文体で書かれており、漢字にルビ(ふりがな)もなかったため、高度な教育を受けた限られた特権階級の人々が読むものでした。
② 小新聞(娯楽・一般庶民向け)
主な購読者:商人、職人、労働者、女性などの一般庶民
特徴:事件やスキャンダル、街の噂話、小説(連載よみもの)などを中心に扱いました。平易な口語体(話し言葉に近い文章)で書かれ、すべての漢字にルビが振られていたため、一般庶民でも気軽に読むことができました。のちに私たちが日常的に読む近代新聞のベースとなっていきます。
💡 「回し読み」や「音読」による驚異の拡散力
当時の新聞の部数そのものは、現代に比べれば決して多くはありませんでした(初期は数千部〜数万部程度)。しかし、「1部が持つ影響力」は現在の比ではありませんでした。
当時は新聞が高価だったため、1部を買って近所や職場で「回し読み」されるのが当たり前でした。さらに、まだ文字が読めない一般庶民のために、読み書きができる人が街頭やコミュニティの集まりで新聞を大きな声で「音読(朗読)」し、それを大勢の群衆が囲んで聴くという光景が日常茶飯事でした。そのため、実質的な読者(情報を得る人)の数は、発行部数の何倍、何十倍にも膨れ上がっていたのです。
⚡ 2. 新聞には「世論を動かす力」があったのか?
結論から言うと、現代以上にダイレクトに政治や国民の心を動かす、凄まじい「世論形成力」がありました。
新聞が世論を煽り、実際に国家を震撼させた代表的な事例を3つ挙げます。
① 自由民権運動の爆発(明治10年代)
板垣退助らが「国会を開設せよ」と求めた自由民権運動の際、大新聞各紙はこぞって民権派の味方をし、政府を激しく批判する論説を展開しました。
新聞が全国の士族や豪農の「政府への不満」を代弁し、ネットワーク化させたことで運動は一気に全国へ飛び火しました。危機感を抱いた明治政府は、新聞を厳しく取り締まる法律(新聞紙条例)を作り、毎日のように新聞記者や編集者を逮捕・発禁処分にしましたが、それでも新聞の発言力は衰えませんでした。これは政府が「新聞の世論を動かす力」を最も恐れていた証拠です。
② 条約改正をめぐる政府退陣(明治20年代)
欧米列強との不平等条約を改正しようとした歴代の los mid-Meiji 外相(井上馨や大隈重信など)の妥協案に対し、新聞各紙は「国家の恥だ」「弱腰外交だ」と猛烈なバッシングを浴びせました。
新聞によってナショナリズム(愛国心)を刺激された国民は大激怒し、激しい抗議運動が巻き起こった結果、政府は方針転換を余儀なくされ、外相の辞任や内閣総辞職へと追い込まれました。
③ 日露戦争後の「日比谷焼打事件」(明治38年 / 1905年)
新聞が世論を動かした最大の、そして最も恐ろしい事例が、日露戦争の講和条約(ポーツマス条約)をめぐる暴動です。
当時の新聞(特に大阪毎日新聞や東京朝日新聞などの大手のほか、萬朝報など)は、戦時中から国民の戦意を激しく煽っていました。しかし、いざ講和が結ばれると「ロシアから賠償金が取れなかった」という結果に終わります。
新聞各紙は一斉に「弱腰の屈辱条約だ」「政府は国民の血を無駄にした」と怒りの大キャンペーンを行いました。これに煽られた民衆の怒りが爆発し、東京の日比谷公園での集会をキッカケに「日比谷焼打事件」という大暴動に発展。交番や政府系新聞社、施設がつぎつぎと放火され、東京に戒厳令が敷かれるという前代未聞の事態となりました。
🧭 3. 商業化と「世論の奴隷」への変化
明治時代の後半(日清・日露戦争期)になると、新聞は「思想を語る場」から、広告収入や発行部数を競う「巨大な商業ビジネス(企業)」へと変貌します。
ここにおいて、新聞と世論の関係性に奇妙な逆転現象が起きます。
新聞社としては、部数を伸ばして儲けるために「大衆が喜びそうな、刺激的で過激な主戦論(戦争賛成)」や「政府のバッシング」をあえて書くようになります。その結果、新聞が世論をリードしているようでいて、実は「売れるために、大衆の過激なナショナリズムに新聞側が迎合し、引きずられていく」という、現代のマスメディアやSNSにも通じる歪んだ構造が明治末期にはすでに完成していました。
💡 まとめ
明治時代の新聞は、特権階級の知的な議論の道具として始まり、やがて「回し読み」や「音読」によって一般庶民の強力な代弁者となりました。
それは間違いなく「世論」という目に見えない怪物を生み出し、総理大臣を退陣させ、時には街を焼き払うほどの暴動を引き起こす、近代日本で最大の「権力」の一つだったと言えます。
ペンは剣よりも強し(The pen is mightier than the sword)
「ペンは剣よりも強し(The pen is mightier than the sword)」は、言論や思想、文章が持つ影響力は、武力や暴力(軍事力)といった物理的な強制力よりも最終的には強い力を持つ、という意味の非常に有名な格言です。
この言葉の誕生の歴史や、言葉の持つ本当の意味、そして歴史的な実例について詳しく解説します。
✍️ 1. 言葉の由来:誰がいつ言ったのか?
この言葉は、1839年にイギリスの劇作家・小説家であるエドワード・ブルワー=リットル(Edward Bulwer-Lytton)が発表した歴史劇『リシュリュー(Richelieu; or The Conspiracy)』の中で、主人公の枢機卿リシュリューが放った台詞が元になっています。
劇中で、国家の陰謀に立ち向かうリシュリューは以下のように語ります。
「真に偉大な人の手にあっては、ペンは剣よりも強し。(Beneath the rule of men entirely great, the pen is mightier than the sword.)」
武力や権力(剣)に頼るだけでは国を治めることはできず、優れた知性や言葉(ペン)による統治こそが、最も強固で永続的な力を発揮するという文脈から生まれた言葉でした。
💡 2. 「ペンは剣よりも強し」が持つ2つの意味
この格言には、時代や文脈に応じて大きく2つの解釈が存在します。
① 「暴力に対する言論の勝利」(理想主義的な側面)
どれほど強大な軍事力や独裁的な武力(剣)で民衆を弾圧しようとしても、人間の自由な思想や正義を訴える言葉(ペン)を完全に消し去ることはできません。歴史的に、抑圧された社会を変革してきたのは、銃弾ではなく「人々の心を動かした言葉や文章」であったという、言論の自由やジャーナリズムの尊さを讃える意味です。
② 「メディアが持つ世論誘導の恐ろしさ」(現実主義的な側面)
もう一つの側面は、「言葉は、物理的な武器よりも広範囲に、かつ深刻な破壊をもたらし得る」という警鐘です。
1本の剣が傷つけられるのは目の前の人間だけですが、ペン(メディアや新聞、現代で言えばSNS)が放つ言葉は、数百万、数千万人の人々の心を一瞬にして動かし、憎悪を煽り、国全体を戦争へと突き動かすことすらあります。つまり、「ペンは剣よりも恐ろしい凶器になり得る」という意味も内包しているのです。
📜 3. 歴史に見る「ペン」が「剣」を動かした実例
歴史を振り返ると、まさにこの格言を証明するような出来事が何度も起きています。
明治時代の日本における新聞ジャーナリズム
日本が近代国家へと歩み出した明治時代、新聞という「ペン」は凄まじい世論(よろん)を形成しました。政府を激しく批判して自由民権運動を全国へ飛び火させたり、外交方針に異を唱えて内閣を総辞職に追い込んだりしました。日露戦争後の「日比谷焼打事件」のように、新聞の激しい論調(ペン)が民衆の怒りを煽り、国家を震撼させる大暴動(剣)を引き起こしたのも、言葉が持つ強大で恐ろしいパワーの現れと言えます。
トマス・ペインの冊子『コモン・センス』(アメリカ独立戦争)
1776年、イギリスの植民地だったアメリカで発行された一冊のパンフレット(冊子)が、バラバラだった民衆の心を「独立」へと一気に団結させました。この「ペン」の力が、結果としてイギリス軍(剣)に立ち向かうアメリカ独立という歴史の偉業を成し遂げました。
『アンクルトムの小屋』と奴隷解放(アメリカ南北戦争)
ハリエット・ビーチャー・ストウ夫人が書いたこの小説は、黒人奴隷の悲惨な現実をリアルに描き、当時の人々の良心に火をつけました。この本が社会の世論を劇的に変えたことが、のちの南北戦争(奴隷解放)への決定的な引き金となりました。リンカーン大統領が彼女に会った際、「あなたのような小さな方が、この大きな戦争を始めたのですね」と声をかけたエピソードは有名です。
💡 まとめ
現代のデジタル社会において、「ペン」はキーボードやスマートフォンの画面へと形を変え、誰もが簡単に発信できる時代になりました。
「ペンは剣よりも強し」という言葉は、私たちが「言葉には世界を変えるほどの強い力がある」という希望を持つと同時に、「だからこそ、自分の放つ言葉(ペン)の重みや刃としての鋭さに、自覚的でなければならない」という強い責任を教えてくれる格言なのです。
夕凪のことを新聞に書いたのはシマケンでした。
— 朝ドラ「風、薫る」公式 (@asadora_nhk) June 7, 2026
このことで夕凪がもっとひどいことになるかもしれないとりんは怒り……
👇りんの怒りをシマケンはどう受け止める……?https://t.co/CLLgjN7cRs#朝ドラ #風薫る
見上愛 佐野晶哉 坂東彌十郎 pic.twitter.com/AUNBy6KpKb




















