氷はかなり高価な貴重品🍨【連続テレビ小説】風、薫る(52)第11週「凪(なぎ)にそよぐ」
氷はかなり高価な貴重品
こんにちは
猫好き父さんです
あまり
高価なものを扱っているという
風には見えなかったですね
現代人にとって
氷はありふれてるから
仕方ないですね
あらすじ
新聞記事の影響で、セツ(村上穂乃佳)の病室には励ましのお見舞いの品が次々と届くようになる。一方、新聞を読んだ権田(梅垣義明)が病室に現れ、セツを無理やり連れ戻そうとするが、りん(見上愛)、直美(上坂樹里)の機転でなんとか事なきを得て…。
出演者
【出演】見上愛,上坂樹里,佐野晶哉,生田絵梨花,菊池亜希子,木越明,原嶋凛,梅垣義明,村上穂乃佳,坂東彌十郎
原作・脚本
【脚本】吉澤智子,【原案】田中ひかる
音楽
【音楽】野見祐二
明治時代における「氷」
明治時代における「氷」は、現代の私たちが蛇口をひねれば手に入るようなものではなく、「一粒が宝石に匹敵する」とまで言われた、驚くほど高価で貴重な超贅沢品でした。
幕末から明治にかけて、氷がどれほど貴重だったのか、そしてどのようにして日本の暮らしに広がっていったのか、そのドラマチックな歴史を紐解きます。
🌎 1. 幕末〜明治初期:地球を半周して届いた「ボストン氷」
明治に入ったばかりの頃、日本の大都市(東京や横浜)で流通していたのは、なんとアメリカのボストンから運ばれてきた天然の氷でした。
半年以上かけた大航海
冷凍機などない時代です。冬のアメリカの湖で切り出された氷は、溶けないようにおがくずで分厚く包まれ、船に積まれて大西洋を渡り、アフリカの喜望峰を回り、インド洋を経て、半年以上かけて日本へ運ばれていました。
庶民には到底買えない価格
当然、日本に到着する頃には大半が溶けて小さくなっています。そのため価格は法外に高く、主に居留地に住む外国人や、ごく一部の特権階級、高級割烹などでしか使われない「超・高嶺の花」でした。
❄️ 2. 国産化への挑戦と「函館氷(五稜郭の氷)」の奇跡
「この貴重な氷を、日本の力で国産化できないか」と立ち上がったのが、実業家の中川嘉兵衛(なかがわ かへえ)という人物です。
彼は富士山麓、諏訪湖、日光など、本州の寒冷地で氷を作っては東京へ運ぼうと試みますが、輸送中に全て溶けてしまうなど、ことごとく大失敗して多額の借金を背負います。
彼が最後にたどり着いたのが、まだ開発が始まって間もない北海道の「函館・五稜郭(ごりょうかく)」でした。
明治3年(1870年)、五稜郭の広大なお堀の水を凍らせ、良質な天然氷を切り出すことに成功。これを船で一気に横浜や東京へ輸送するルートを確立しました。この氷は「函館氷(のちに龍紋氷と改名)」と呼ばれ、アメリカからの輸入氷よりも安くて格段に品質が良かったため、瞬く間に市場を席巻し、宮内省御用達にも選ばれました。
🍧 3. 明治の夏の憧れ「氷水(かき氷)」
この国産天然氷の流通によって、明治5年(1872年)頃から横浜や東京に「氷水(こおりみず)」、つまり今でいうかき氷の専門店が登場し始めます。
現代の価値で数千円の一杯
国産化で安くなったとはいえ、当時はまだまだ高級品。明治初期の氷水1杯の価格は、当時の職人の日当の半分近くになることもあり、現在の価値に換算すれば1杯数千円という、特別な日にしか食べられない大贅沢でした。
当時のシロップは?
現代のようなイチゴやメロンではなく、砂糖水を煮詰めた「甘露(かんろ)」や、「薄荷(ハッカ)」「肉桂(ニッケイ/シナモン)」のシロップをかけて涼を楽しんでいたそうです。
📜 4. 現代のおなじみの旗「氷旗(こおりばた)」の誕生
夏になるとお店の軒先で見かける、白地に赤い「氷」の文字と青い波が描かれた「氷旗」。実はこれも、明治時代に氷が非常に貴重で、徹底的な管理が必要だったことから生まれた遺産です。
| 誕生の理由 | 当時は天然の川や湖から氷を採っていたため、中には不衛生な水が混ざった悪質な氷を売る業者もいました。 |
| 制度の導入 | 明治11年(1878年)、政府は受刑者や一般市民の健康を守るため、**「適正な衛生検査に合格した安心な氷」**を売る店にだけ営業許可証を配りました。 |
| デザインの原型 | その許可証の看板(旗)に「官許」「函館氷」などの文字が書かれていたものが、時代を経てシンプルになり、現在の「氷旗」へと受け継がれました。 |
🤖 5. 明治後期の「人造氷(機械製氷)」の登場へ
明治20年代(1880年代後半)になると、科学の進歩によって工場で人工的に氷を作る「機械製氷」の技術が日本国内でも始まりました。
これにより、冬の気候に左右される天然氷に頼る必要がなくなり、氷の価格は劇的に下がっていきます。医療用(熱病の患者を冷やすため)や食品の保冷、そして一般庶民の娯楽として、氷は急速に日本の生活の中に身近なものとして溶け込んでいきました。
余談:
函館氷の成功によって日本の製氷業界を切り拓いた中川嘉兵衛の会社は、のちに合併を繰り返し、現代の冷凍食品や氷ビジネスの大手である**「ニチレイ」**へと繋がっています。
一塊の氷を地球の裏側や北海道から命がけで運んでいた明治時代。エアコンも冷蔵庫もない過酷な日本の夏において、当時の人々にとって氷のひんやりとした輝きは、まさに現代以上のロマンと価値が詰まった特別な存在だったのです。
明治時代における「氷」は「最先端かつ必須の医療物資(医薬品)」
明治時代における「氷」は、現代のようなエアコンや抗生物質(解熱剤)がない時代において、命に関わる重症患者を救うための「最先端かつ必須の医療物資(医薬品)」として極めて重要な役割を果たしていました。
特に、当時日本中を恐怖に陥れていた感染症(コレラやチフスなど)の治療において、氷の有無が患者の生死を文字通り左右したのです。その具体的な活用法や歴史について詳しく解説します。
🌡️ 1. コレラやチフスなど「高熱」との闘いの切り札
明治時代は、衛生環境の未発達から「コレラ」「腸チフス」「発疹チフス」といった、激しい高熱と下痢を伴う感染症が毎年のように大流行していました。
物理的に脳を守る「氷枕(こおりまくら)」
現代のように優れた化学解熱剤がないため、40度を超えるような高熱に対しては、頭部や頸部を物理的に冷やす(今でいうアイス枕や氷嚢)しか方法がありませんでした。高熱による脳へのダメージ(脳症や錯乱状態)を防ぎ、体力を温存させるために、氷は病院にとって何よりも必要な特効薬でした。
内臓の炎症を抑える「氷を飲む」治療
特に喉や消化管が激しく炎症を起こす病気や、胃出血を起こしている患者に対しては、「氷を小さく砕いて直接 飲ませる(あるいは口に含ませる)」という治療が行われました。これにより、体内から直接患部を冷やして血管を収縮させ、止痛や止血を試みていたのです。
🏥 2. 病院や政府による「氷の優先確保」
前述のように明治初期の氷は、アメリカから輸入されたり(ボストン氷)、北海道から船で運ばれてきたり(函館氷)する大変な貴重品でした。そのため、夏場に感染症が大流行すると、医療用の氷が致命的に不足する事態が頻発しました。
庶民の「かき氷」よりも「医療」を優先
明治10〜20年代、東京などでコレラが大流行した際、内務省(現在の厚生労働省や警察庁の役割を担っていた省庁)は、氷の価格が高騰して病院が買えなくなるのを防ぐため、「氷水店(かき氷屋)での氷の使用を制限・禁止し、すべての在庫を避病院(隔離病院)や一般の医療機関へ最優先で回す」という行政命令を出した記録が残っています。
軍陣医学(戦地)での活躍
日清戦争や日露戦争の際も、前線の野戦病院や患者を運ぶ輸送船(病院船)において、傷病兵の消炎や解熱のために大量の氷が持ち込まれました。戦地での氷の確保は、軍の医療体制を維持するための重要な兵站(ロジスティクス)の一環だったのです。
🛡️ 3. 「氷旗」の誕生に隠された医療・衛生上の理由
夏にかき氷の店で見かける「氷旗(こおりばた)」は、明治11年(1878年)に政府が定めた規則がルーツですが、これも「医療用・飲用としての安全性を国が保証するため」に作られた制度でした。
当時は川や泥池から切り出した不衛生な天然氷も出回っており、それを医療用に使ったり口に入れたりしたことで、かえってコレラなどの感染症が拡大するリスクがありました。
そこで警視庁や各県は、「専門の検査機関で水質をチェックし、病原菌がいないと証明されたクリーンな氷(主に函館氷など)」を扱う店にだけ営業許可証(のちの氷旗の原型)を与えました。医師や一般市民は、このマークを頼りに安全な「医療用の氷」を買い求めたのです。
🤖 4. 機械製氷の普及が医療現場にもたらした恩恵
明治20年代(1880年代後半)以降、日本国内で人工的に氷を作る「機械製氷(人造氷)」の工場がつぎつぎと立ち上がると、医療現場の状況は劇的に改善されました。
「年中いつでも、安価に」手に入る安心
それまでは「冬に凍った天然氷を夏まで保存しておく」しかなかったため、夏の後ろの方(8月〜9月)になると氷が底をつく恐怖がありましたが、人造氷の登場によってその心配がなくなりました。価格が暴落したことで、大病院だけでなく地方の小さな診療所や一般の家庭でも、看病の際にごく普通に氷を敷き詰めた「氷枕」が使えるようになったのです。
💡 まとめ
明治時代の人々にとって、氷は単に「夏を涼しく過ごすためのエンタメ(かき氷)」である前に、「熱病から家族の命を救い出すための、最も頼れる医療器具・医薬品」でした。
一塊の氷に命を託し、それを国を挙げて必死に管理・融通し合っていたという歴史は、現代の私たちが救急医療や冷蔵庫の恩恵を当たり前に受けられる基礎を作った、重要な1ページと言えます。
坂田先生が高価な氷を夕凪の看護に使うことを許してくれました。
— 朝ドラ「風、薫る」公式 (@asadora_nhk) June 8, 2026
(実際に氷を砕いたのは喜代……)
👇ひやひやですhttps://t.co/HpvTYf60Yz#朝ドラ #風薫る
上坂樹里 生田絵梨花 菊池亜希子 木越明 原嶋凛 pic.twitter.com/9d2XctEU92

















