直美がキターーーーーー!💛【連続テレビ小説】風、薫る(92)第19週「黎明(れいめい)の翼」
直美がキターーーーーー!
こんにちは
猫好き父さんです
最後に登場するあたり
レッツゴーオールライダー的展開ですが
そうであれば
トレインドナース(Trained Nurse)全員集合ですね
まあ、そうはならない
ここで駆けつけるための
上越訪問が前振りだったんですね
あらすじ
村人たちから非難を受ける中、アサ(美山加恋)を避病院に連れていくりん(見上愛)と黒川(平埜生成)。たどり着いた避病院の環境は劣悪で、りん(見上愛)は看病婦たちに指示を出して環境を整えていく。患者の中には東京から来た男(中村倫也)もいて・・そんな時、思いがけない人物がやってくる。
出演者
【出演】見上愛,上坂樹里,平埜生成,板橋駿谷,美山加恋,中村倫也,【語り】研ナオコ
原作・脚本
【脚本】吉澤智子,【原案】田中ひかる
音楽
【音楽】野見祐二
赤痢が出たことを聞きつけて直美が来てくれました👏
— 朝ドラ「風、薫る」公式 (@asadora_nhk) August 4, 2026
やることが多すぎて休めなかったりん。
やっと少し休むことができそうです。
顔が半分以上隠れていますが、ロケでの #上坂樹里 さん📸
👇直美、頼もしい!https://t.co/xeugZIEN9O#朝ドラ #風薫る#風薫るオフショット pic.twitter.com/8SfJvkwzbh
結論から言うと、上越(高田)の赤痢流行における現場での防疫活動に、鈴木雅が直接協力したという史料は現在のところ確認されていません。 むしろ、当時は大関和と鈴木雅は別々の場所で、それぞれ近代看護の発展に取り組んでいました。 (ERCA)
大関和と鈴木雅、それぞれの役割
大関和
1891(明治24)年に新潟県高田(現在の上越市)の知命堂病院へ赴任。
看護婦長・看護婦養成所の教員として勤務。
赤痢流行時には自ら育てた看護婦たちを率いて防疫活動にあたり、衛生管理を徹底して感染拡大の抑制に貢献しました。(ERCA)
鈴木雅
同じく日本初期のトレインドナースでしたが、活動の中心は東京でした。
のちに慈善看護婦会(後の東京看護婦会)を設立し、訪問看護や看護師の社会的地位向上、組織づくりに尽力しました。(ERCA)
では、二人は全く関わりがなかったのか?
いいえ、そのようなことはありません。
歴史研究では、大関和と鈴木雅は看護学校時代からの同志であり、「日本の近代看護を切り開いた仲間」と位置づけられています。
しかし興味深いことに、二人が互いを直接支援したことを示す手紙や日記などの一次史料はほとんど残っていません。 田中ひかる氏(『明治のナイチンゲール 大関和物語』著者)は、「助け合っていたという記録はないが、二人の歩みを追うと自然と支え合う構造が見えてくる」と述べています。(PRESIDENT Online(プレジデントオンライン))
赤痢流行当時の鈴木雅
大関和が上越で赤痢防疫に取り組んでいた頃、鈴木雅は東京で活動していたため、
上越へ同行した
防疫班に加わった
現地で赤痢患者を看護した
という記録は確認されていません。赤痢防疫は大関和と知命堂病院の看護婦たちによる活動として伝えられています。(ERCA)
その後の協力
赤痢流行後には再び二人の歩みが重なります。
鈴木雅が設立した東京看護婦会では、大関和が雅を支え、のちには会頭を務めるなど、看護師教育や職業としての看護の地位向上に協力しました。つまり、
赤痢防疫では「大関和が現場の実践者」
鈴木雅は「看護制度・組織づくりの推進者」
という役割分担だったと考えるのが、現在の史料に最も沿った理解です。(ERCA)
このように、二人は同じ理念を共有しながらも、大関和は感染症対策や現場看護の第一線で、鈴木雅は看護制度や組織の整備で近代看護を支えたという点が、日本の看護史における大きな特徴となっています。


















