戦艦大和のふるさと呉はどうできた?😎ブラタモリ
こんばんは、猫好き父さんです。
ブラタモリ良いですねえ。
呉、良いなあ。
懐かしかったなあ。
それにしても最近の浅野アナウンサーは楽しそうですね。
漸くブラタモリに慣れてきたのかな(笑)
「呉〜“戦艦大和のふるさと”呉はどうできた?〜」
初回放送日:2021年1月23日
「東洋一の軍港」とも呼ばれた呉の町の成り立ちをタモリさんがブラブラ歩いて解き明かす!▽史上最大の戦艦「大和」。全長263メートル・その巨大さを物語る痕跡を探す!
「ブラタモリ#174」で訪れたのは広島県の呉市。最近では映画「この世界の片隅に」の舞台としても話題になった呉で旅のお題「“戦艦大和のふるさと”呉はどうできた?」を探る▽大和ミュージアムで戦艦大和のスゴさを体感▽呉が「東洋一の軍港」に最適だった理由は地形にあり!?▽市街地で見つけた「めがね橋」は呉の町開発のシンボル!?▽急傾斜の山に家が建てられた理由▽戦艦大和が造られた当時の貴重な証言を聞く
![大和に関するTV]1月23日放送『ブラタモリ』のご案内 | 戦艦大和会](https://stat.ameba.jp/user_images/20210113/11/senkanyamatokai/a0/87/j/o0991066114881004727.jpg?caw=800)
戦艦大和(せんかん やまと)
戦艦大和(せんかん やまと)は、第二次世界大戦中に大日本帝国海軍が建造・保有した大和型戦艦の1番艦です。史上最大、最強の戦艦として知られ、当時の日本の造船技術を結集して建造されました。しかし、航空主体の戦局の変化により、その能力を十分に発揮することなく、太平洋戦争末期に撃沈されました。
以下に、戦艦大和の概要、特徴、建造経緯、そしてその生涯について詳しく解説します。
1. 戦艦大和の概要と特徴
戦艦大和は、排水量、主砲口径において史上最大であり、その巨体と強大な火力、そして堅固な防御力を誇りました。
主な特徴とスペック
世界最大の主砲: 45口径46cm主砲を3連装で3基(計9門)搭載。この46cm砲は、戦艦に搭載された主砲としては世界最大口径でした。最大射程は約42kmに達しました。
巨大な船体と排水量: 全長は約263メートル、最大幅は約38.9メートル。基準排水量は65,000トン、満載排水量は72,809トンに及びました。
強固な防御: 大和は、自らの46cm主砲に耐えうる防御力を目標に設計されました。舷側には410mm、主甲板には200mmの分厚い装甲が施され、「不沈艦」を目指した構造でした。
最大速力: 約27.46ノット(約52km/h)。
乗員: 最終時には3,332名が乗艦していました。
2. 建造経緯
大和の建造は、極秘裏に進められました。
建造の背景: 1930年代、海軍軍縮条約の失効が近づく中、列強の建艦競争に対抗するため、日本海軍は強力な新型戦艦の建造を計画しました。
建造場所: 広島県の呉海軍工廠。
極秘態勢: 建造は「最高機密」とされ、造船所の周囲には目隠しが設置され、外部からの監視を厳しく制限しました。
起工と進水: 1937年11月4日に起工。1940年8月8日に進水しました。
就役: 太平洋戦争開戦直後の1941年12月16日に竣工し、就役しました。
3. 戦歴と「大和ホテル」
大和はその強力な能力にもかかわらず、第二次世界大戦の戦局において、期待されたような艦隊決戦に参加する機会はほとんどありませんでした。
連合艦隊旗艦: 太平洋戦争初期には連合艦隊の旗艦を務めました。
限定的な活動: 航空機が主役となる戦局の変化により、戦艦の役割は低下しました。大和は温存され、トラック泊地などに停泊している期間が長かったため、一部からは「大和ホテル」と揶揄されることもありました。
レイテ沖海戦: 1944年10月のレイテ沖海戦(捷一号作戦)では、サマール島沖海戦で初めて主砲を発射し、敵艦艇(駆逐艦ジョンストンなど)を攻撃しました。
4. 最期(坊ノ岬沖海戦)
1945年4月、大和は沖縄方面への「海上特攻」である「天一号作戦」に参加し、その生涯を閉じました。
天一号作戦: 沖縄戦が始まる中、日本海軍は特攻作戦として、ほとんど航空援護もない状況で大和を沖縄へ向かわせました。
坊ノ岬沖海戦: 1945年4月7日、大和は鹿児島県坊ノ岬沖で米軍の空母艦載機約386機による猛攻を受けました。
沈没: 2時間にわたる激戦の末、大和は多数の魚雷と爆弾の命中により傾斜。午後2時23分に大爆発を起こして沈没しました。
犠牲: 乗員3,332名のうち、艦長の伊藤整一中将を含む3,056名が戦死するという甚大な犠牲を出しました。
戦艦大和は、日本の造船技術の象徴であると同時に、戦局の帰趨を変えられなかった悲劇の象徴として、現在も語り継がれています。
大和ミュージアム
大和ミュージアムは、広島県呉市にある「呉市海事歴史科学館」の愛称です。かつて戦艦大和を建造した軍港として栄えた呉市の歴史と、造船・製鋼といった日本の近代化を支えた科学技術を紹介する博物館として、多くの来館者を集めています。
大和ミュージアムの主な見どころは以下の通りです。
1. 10分の1戦艦「大和」模型
大和ミュージアムの最大のシンボルは、エントランスホール「大和ひろば」に展示されている、戦艦大和の10分の1スケールの巨大な模型です。
精密な再現: 全長約26.3メートルにも及ぶこの模型は、当時の設計図、写真、そして潜水調査の映像や元乗組員の証言などを基に、細部まで忠実に再現されています。
技術の継承: この模型は、大和を建造した呉の造船技術者が携わって製作されており、当時の技術力の高さを今に伝えています。
平和のメッセージ: 10分の1戦艦「大和」は、戦艦大和が残したメッセージ、「歴史を未来へ」そして「平和の大切さ」と「科学技術の素晴らしさ」を後世に語り継ぐ象徴とされています。
2. 呉の歴史と科学技術
大和ミュージアムは、戦艦大和だけでなく、呉市の歴史と科学技術全般に焦点を当てています。
呉の歴史: 明治以降の日本の近代化の礎となった呉市の発展と、その背景にある造船や製鋼の歴史が紹介されています。
造船技術: 船を造る技術に関する資料や模型、実験装置などが展示され、来館者が科学技術の原理を分かりやすく学べるようになっています。
3. 実物資料の展示
大型の資料展示室では、第二次世界大戦当時の貴重な実物資料が展示されています。
零式艦上戦闘機六二型: 太平洋戦争後期に活躍した零戦の実物大模型(実機)が展示されています。
人間魚雷「回天」十型: 特攻兵器として使用された人間魚雷の実物が展示されています。
特殊潜航艇「海龍」後期型: 終戦直前に開発された特殊潜航艇の実物が展示されています。
4. 施設情報
所在地: 〒737-0029 広島県呉市宝町5-20
アクセス: JR呉駅から徒歩約5分とアクセスしやすい場所にあります。
リニューアル情報: 大和ミュージアムは、リニューアル工事のため、2025年2月17日から2026年3月末まで休館しています。休館中は、近隣の「ビューポートくれ」に設置された「大和ミュージアムサテライト」にて展示が行われています。
大和ミュージアムは、歴史的な背景、科学技術の展示、そして平和への願いを伝える場として、多くの人々に愛されています。
今夜のブラタモリは広島県の呉😎
— ブラタモリ (@buratamori2018) January 22, 2021
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