あいみょんはたまたまいたのか?これは永久保存版かも😎ブラタモリ甲子園▼夢の甲子園・誕生の秘密とは?あいみょんロケに初参加
あいみょんはたまたまいたのか?これは永久保存版かも
こんにちは
猫好き父さんです
久しぶりのブラタモリ
舞台は甲子園球場
しかも
放送日が
夏の全国高校野球選手権の決勝日
さらに
ロケ日があいみょんの
コンサート前日
これは用意周到と言わざるを得ない
あざといのはわかりましたが
内容はとても良かったです
永久保存版になるかも
ブラ甲子園
旅の舞台は、毎年熱戦が繰り広げられている高校野球の夢の舞台・甲子園。その誕生には知られざる秘密が!?甲子園球場で行われていた驚きのイベントとは?さらに球場の外にも夢の舞台が!謎を解くカギは駅前に残る小さな高まり?昭和の名優秘話にタモリ大興奮!海に眠る謎の構造物&阪神タイガース発祥の舞台も登場!人々の夢が詰まった「甲子園」巨大プロジェクトの全貌に迫る!番組ナレーターの地元・西宮出身あいみょん初参加!
出演者
【出演】タモリ,【アナウンサー】佐藤茉那,【語り】あいみょん
◤次回の #ブラタモリ は甲子園◢
— NHK神戸放送局 (@nhk_KOBE_) August 20, 2026
高校野球の夢の舞台・甲子園。その誕生には知られざる秘密が!?昭和の名優秘話にタモリ大興奮!海に眠る謎の構造物&阪神タイガース発祥の舞台も登場!番組ナレーターのあいみょん初参加!!
[総合]8/22(土) 午後7:30https://t.co/7TpBTiPYLY pic.twitter.com/d7gkJoPwz3
阪神甲子園球場
1. 建設の背景:人気爆発と阪神電鉄のビジネス戦略
- 鳴尾球場の限界1915年に始まった全国中等学校優勝野球大会は、第3回大会から武庫郡鳴尾村(現・西宮市)にあった「鳴尾球場」で開催されていました。しかし大会の人気が高まるにつれ観客が押し寄せ、グラウンドに溢れかえるなど警察からの安全上の指導が入る事態となりました。
- 阪神電鉄の沿線開発構想当時、阪神間(大阪〜神戸)の輸送能力拡大と沿線開発を進めていた阪神電気鉄道は、武庫川派流(枝川・申川)の埋め立て地を保有していました。阪神電鉄はこの地に東洋一の大球場を建設し、野球大会を誘致することで沿線の乗客増と住宅地・レジャー地の価値向上を図る一大プロジェクトを打ち立てました。
2. 開発の歴史と主な変遷
- 1924年(大正13年):短期間での完成と命名
- 工期4か月半の突貫工事:1924年3月に着工し、わずか4か月半という異例のスピードで完成。収容人数は約5万人という当時としては規格外の大規模球場でした。
- 「甲子園」の由来:完成した1924年が、十干十二支の始まりであり60年に一度巡ってくる吉年「甲子(きのえね)の年」であったことから、「甲子園大運動場」と命名されました。
- 1920〜30年代:スポーツと娯楽の複合エリアへ
- 球場の開設後、周辺にはプール、遊園地(甲子園阪神パーク)、水族館、テニスコートなどが次々と建設され、関西屈指の一大レジャーゾーンとして発展しました。
- 1936年にはプロ野球「大阪タイガース(現・阪神タイガース)」が結成され、その本拠地となりました。
- 1940年代:戦争による苦難と復興
- 太平洋戦争中、金属類回収令により大屋根(鉄傘)が拠出されたほか、軍に徴用されて芋畑にされるなど試練の時代を迎えます。
- 終戦後は米軍による接収を経て、1947年に高校野球が甲子園に復帰。1951年にはアルミニウム製の屋根(銀傘)が再建されました。
- 2007〜2010年:平成の大改修
- 開場80周年を機に、歴史的景観を保ちつつ最新設備を備えるための「平成の大改修」を実施。耐震補強、銀傘の拡大、ライナービジョンの設置、外壁のツタの再生事業などが行われ、現在のモダンかつ伝統的な姿へと生まれ変わりました。
意外に思える様々な競技や催事
甲子園シャンツェ
大会開催の背景と概要
- 目的と主催:大阪毎日新聞社(現・毎日新聞社)と阪神電気鉄道がタッグを組み、「関西の人々にも本物のスキージャンプを見せたい」というアイデアから企画されました。
- 開催時期:
- 第1回:1938年2月
- 第2回:1939年2月
実現のための想像を絶する設営技術
- 巨大な木製ジャンプ台の建設
- 外野席から内野グラウンドに向かって、木骨組みの巨大な滑走台(スタート台)を仮設しました。
- 高さ約30メートル(ビル8〜9階相当)、滑走距離約70メートルに及ぶ巨大構造物でした。
- 北海道や信州からの「天然雪」大量輸送
- 当然ながら現地に雪はないため、北海道・神居古潭(カムイコタン)や新潟、長野の志賀高原などから貨物列車を仕立てて大量の天然雪を輸送しました。
- 氷の塊や雪を専用の粉砕機で細かく砕き、竹カゴや人間の手作業で巨大なジャンプ台へ敷き詰めるという力技が使われました。
大会の盛り上がりと記録
- 一流選手の参加:オリンピック出場経験者を含む、当時の日本のトップジャンパーたちが全国から招集されました。
- 大観衆の熱狂:珍しい白銀の世界と大空を舞うジャンパーの姿を一目見ようと、連日数万人を超える観客が甲子園球場に押し寄せ、スタンドは大盛況となりました。
- 飛躍記録:最長で27〜28メートル前後の大ジャンプが記録され、本格的なジャンプ大会として成功を収めました。
なぜ2回で終わってしまったのか?
東の帝国ホテル、西の甲子園ホテル
1. 歴史的繋がり:「東の帝国ホテル、西の甲子園ホテル」
- フランクロイド・ライトの思想:1930年(昭和5年)に竣工した旧甲子園ホテルは、フランク・ロイド・ライトの弟子である遠藤新によって設計されました。ライトが手がけた「東京・旧帝国ホテル本館(ライト館)」の意匠や建築美学が色濃く受け継がれており、当時は「東の帝国ホテル、西の甲子園ホテル」と並び称される日本を代表する名門ホテルでした。
- 建物の継承:戦後の接収などを経て、1965年に武庫川学院(武庫川女子大学)がこの建物を取得。現在は「甲子園会館」として大切に保存・活用(建築学部のキャンパス等)されており、ホテル建築としての歴史的景観を今に伝えています。
2. 現代の繋がり:実務・教育における「産学連携」
- インターンシップ・人材育成:武庫川女子大学(経営学部や生活環境学部など)の学生を対象に、帝国ホテル 大阪での実践的なインターンシップや企業連携講座が実施されています。ホスピタリティ産業や経営・サービスの実践を学ぶ場として、質の高い研修プログラムが提供されています。
- 商品の共同開発・コラボレーション:学生のアイディアと帝国ホテル 大阪のシェフの技術を融合させた「共同開発メニュー」や「コラボレーションスイーツ」などのプロジェクトが展開され、実際にホテルのレストランやショップで販売された実績があります。
AIMYON 10th anniversary LIVE 2026「、、、」IN 阪神甲子園球場
🎤 「、、、」IN 阪神甲子園球場とは?
正式名称は、
AIMYON 10th anniversary LIVE 2026「、、、」IN 阪神甲子園球場
です。
2026年7月14日(火)・15日(水)の2日間、兵庫県西宮市の阪神甲子園球場で開催されました。開場16:30、開演18:30。あいみょん自身にとって2度目の甲子園ライブです。今回は2022年の「サーチライト」と違い、バンド編成で行われました。 (あいみょん OFFICIAL SITE)
そして2026年は、あいみょんがメジャーデビュー10周年を迎える年。
つまり、
「10周年」+「地元・西宮への凱旋」+「甲子園」
という三つが重なった記念公演だったわけです。
🏟️ なぜ「甲子園」が特別なのか?
あいみょんは兵庫県西宮市出身。
甲子園球場は、単なる大規模コンサート会場ではありません。
彼女にとっては、
「地元の人なら誰もが知っている場所」
です。
しかも2022年11月には、同じ甲子園球場で
「AIMYON 弾き語りLIVE 2022 -サーチライト-」
を開催しています。
このときは弾き語りという非常にシンプルなスタイルでした。
2026年はそこから4年。
今度は、
バンドを従えて甲子園へ帰ってくる。
公式発表でも「4年ぶり」「自身2度目」「今回はバンド編成で2デイズ」と明確に位置づけられています。 (あいみょん OFFICIAL SITE)
そのため今回のライブは、ファンの間でも
「4年越しの約束を果たしたライブ」
という意味合いが強くなりました。 (タワーレコード オンライン)
🌟 セットリストが非常に面白い
2日間とも基本的な流れは共通していますが、日替わり曲を入れているのがポイントです。
特に7月15日のセットリストは次の25曲。
【7月15日】
マリーゴールド
マシマロ
愛を知るまでは
ノット・オーケー
ビーナスベルト
ハッピー
青春と青春と青春
スケッチ
ポプリの葉
姿
ミニスカートとハイライト
愛を伝えたいだとか
朝陽
生きていたんだよな
風のささやき
ジェニファー
駅前喫茶ポプラ
裸の心
ざらめ
夜行バス
真夏の夜の匂いがする
夢追いベンガル
貴方解剖純愛歌~死ね~
君はロックを聴かない
今夜このまま (Warner Music Japan)
🌻 オープニングが「マリーゴールド」
これは10周年ライブとして非常に象徴的です。
あいみょんを代表する、
「マリーゴールド」
からスタート。
あいみょんを知らない人でも知っているほどの代表曲を、甲子園球場という巨大な空間の冒頭に持ってくることで、一気に観客を「あいみょんの10年間」に引き込む構成です。
そして続く、
「マシマロ」
「愛を知るまでは」
と進んでいきます。
特に「愛を知るまでは」を歌い終えたところで、
「改めまして、兵庫県西宮市出身、シンガー・ソングライター あいみょんです! 私の地元へようこそお越しくださいました」
と挨拶。
ここは今回のライブを象徴する瞬間でした。 (タワーレコード オンライン)
💗 「ビーナスベルト」が美しい
続く「ノット・オーケー」から、
「ビーナスベルト」
へ。
この曲ではタイトル通り、ピンク色の光の帯が甲子園球場に浮かび上がる演出が行われました。 (タワーレコード オンライン)
甲子園のような巨大な野球場は、普段なら野球のための空間です。
そこが、
観客のペンライト
+
ステージ照明
+
球場全体の光
によって巨大なライブ空間へ変わる。
この「球場そのものを演出装置にする」感覚が、アリーナライブとはまた違う甲子園公演の魅力です。
🌿 10周年なのに「レア曲」が多い
ここが今回のライブのかなり面白いところです。
単純に、
「代表曲を全部並べました!」
という10周年ベストライブではありません。
例えば、
「ハッピー」
は2ndシングル「愛を伝えたいだとか」のカップリング。
そして、
「青春と青春と青春」
は3rdシングル「君はロックを聴かない」のカップリングです。 (タワーレコード オンライン)
つまり、
長年のファンだからこそ「おっ!」となる曲
をかなり入れています。
これは「10周年」ということで、
ヒット曲だけではなく、あいみょん自身の10年間の記憶をファンと共有する
という考え方だったのではないでしょうか。
🌅 「青春と青春と青春」は特に甲子園らしい
この曲は今回のライブでかなり印象的な場面になっています。
ペダル・スチールの音色をバックに、
夏の空気と青春を感じさせる曲として披露。
7月の甲子園というロケーションとの相性が非常に良い。
甲子園そのものが、
高校野球
青春
夏
夢
涙
というイメージを持つ場所ですから、
「青春と青春と青春」
というタイトルそのものが、甲子園の空気と重なります。 (タワーレコード オンライン)
これは今回のセットリストの中でも、**「甲子園だからこそ特別に響く曲」**の一つだと思います。
🎸 中盤は「10年間のあいみょん」を凝縮
中盤に入ると、
「スケッチ」
↓
「姿」
↓
「ミニスカートとハイライト」
↓
「愛を伝えたいだとか」
↓
「朝陽」
↓
「生きていたんだよな」
と続きます。
ここが面白い。
「マリーゴールド」のような大ヒット曲だけではなく、
初期のあいみょん
から、
現在のあいみょん
までを一気に横断しています。
特に、
「生きていたんだよな」
は、あいみょんの初期を象徴する重要曲。
メジャーデビュー10周年だからこそ、
「売れる前の自分も含めて10年間」
を見せる意味があります。
☕ 「駅前喫茶ポプラ」が面白い
中盤から後半にかけての
「駅前喫茶ポプラ」
も、10周年ライブで非常に興味深い選曲です。
大ヒット曲だけを並べるなら、ここに別の代表曲を持ってくることもできます。
しかしあえてこうした曲を入れることで、
「あいみょんは『マリーゴールド』だけの人ではない」
ことを改めて示しています。
❤️ 「裸の心」はやはり大きなハイライト
そして、
「裸の心」
です。
この曲はTBS系ドラマ『私の家政夫ナギサさん』の主題歌としても大ヒットした代表曲。
「マリーゴールド」と並んで、現在のあいみょんを象徴する曲の一つです。
甲子園という巨大な会場で歌う場合、派手なロック曲だけでなく、こうした歌そのものを聴かせるバラードが重要になります。
🌙 終盤は一気にロックへ
後半では、
「真夏の夜の匂いがする」
「夢追いベンガル」
「貴方解剖純愛歌~死ね~」
「君はロックを聴かない」
「今夜このまま」
へ。
ここで、
10周年の回顧
から
巨大ライブのクライマックス
へ一気に変わります。
特に、
「貴方解剖純愛歌~死ね~」
は初期あいみょんを象徴する曲。
そして、
「君はロックを聴かない」
は、あいみょんの代表的な青春ソング。
最後が
「今夜このまま」
という流れになっているのも面白いです。 (Warner Music Japan)
🎤 2022年「サーチライト」との最大の違い
これは今回のライブを理解する上で非常に重要です。
| 2022年 | 2026年 |
|---|---|
| サーチライト | 10th anniversary LIVE |
| 弾き語り | バンド編成 |
| 1日 | 2日間 |
| 甲子園初公演 | 4年ぶりの凱旋 |
| ひとりのあいみょん | バンドと作るあいみょん |
| 甲子園への挑戦 | 10年間の集大成 |
FM802の事前インタビューでも、2022年は弾き語りだったのに対して、今回はバンド編成であること、そして甲子園や地元西宮への思いが語られていました。 (radikoニュース)
つまり2022年が、
「私ひとりで甲子園に立つ」
だったとすれば、2026年は、
「10年間、一緒に音楽を作ってきた仲間と甲子園に帰ってくる」
というライブになった、と見ることができます。
📡 ライブ配信も行われた
今回の公演は、U-NEXTが10周年の配信パートナーとなり、独占ライブ配信を行いました。月額会員は追加料金なしで視聴できる形でした。 (プレスリリース・ニュースリリース配信シェアNo.1|PR TIMES)
これは甲子園に行けなかったファンにとってかなり大きなポイントでした。
🎉 そして「甲子園」の次へ
さらに7月15日の公演では、10周年の次の展開も発表されました。
2026年11月30日・12月1日
日本武道館
で、
「AIMYON 10th anniversary LIVE 2026『、、、』IN 日本武道館」
を開催。
さらに2027年には、
AIMYON TOUR 2027
として、全国14都市36公演のアリーナツアーが予定されています。 (rockinon.com)
つまり甲子園2daysは、
「10年間のゴール」
ではなく、
「10周年から次の10年へ向かうスタート地点」
でもあったわけです。
🌻 このライブの最大の意味
今回の甲子園公演を一言で表すなら、
「あいみょんが、10年間の自分自身を連れて、地元・西宮に帰ってきたライブ」
だと思います。
2022年の「サーチライト」が**「西宮出身の少女が甲子園という巨大な舞台に立つ」**という夢の実現だったとすれば、2026年はその4年後。
今度は、
「10年間、音楽を続けてきたあいみょん」
として帰ってきた。
だからセットリストにも、
「マリーゴールド」
「裸の心」
「君はロックを聴かない」
という誰もが知るヒット曲と、
「ハッピー」
「青春と青春と青春」
「生きていたんだよな」
「駅前喫茶ポプラ」
といったファンにはたまらない曲が共存しています。
それがまさに、
「あいみょんの10年間そのもの」
だったのではないでしょうか。 (タワーレコード オンライン)
そして、この公演は2026年7月14日と15日の2日間で、日替わり曲が違うため、両日を比較するとさらに面白いです。特に**「7月14日と15日で何が入れ替わったのか」「なぜその曲を日替わりにしたのか」**まで見ると、10周年ライブとしての構成意図がかなり浮かび上がります。





















