普通とはいったい何なのか?💛ドラマ9 リーガルビート ー逆転の法廷ー 7話 不可解な研究室の闇暴け!
普通とはいったい何なのか?
こんにちは
猫好き父さんです
リーガルビート
第一回から観ています
今回は
考えさせられる
内容でした
事実を丁寧に調べて行けば
真犯人にたどり着くとは思います
ただ
もしかしたら
普通という概念が
冤罪を生んでいたのでは
ないかと
あらすじ
泰地(鈴鹿央士)が偶然出会った研究員の琴美(唐田えりか)は、不手際でマウスを全滅させ、研究室の親会社から損害賠償を請求されていた。ASDで職場に特性への配慮をお願いしていたという事情を聞いた星(稲垣吾郎)らは、配慮が十分だったか調べることに。教育係だった奥寺(中山雄斗)らに話を聞く中で、浮かび上がってきたのは、琴美が真面目に仕事に励む姿と、室長・笹倉(山崎樹範)を取り巻く不可解な点だったーー。
出演者
泰地空…鈴鹿央士 雪村明日実…小雪 鳥飼金次…前原瑞樹 椋井岳…夏生大湖 三戸晴生…伊藤万理華 〇宮内琴美…唐田えりか 奥寺省吾…中山雄斗 笹倉雅也…山崎樹範 松井桜子…堀桃子 神田祥子…柿沼凛 〇星秀幸…稲垣吾郎
原作脚本
【脚本】阿部凌大
監督・演出
【監督】市井昌秀
音楽
【音楽】Face 2 fAKE 【主題歌】高橋優「鳥」(ワーナーミュージック・ジャパン)
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— 『リーガルビート -逆転の法廷-』毎週金曜よる9時放送中! (@tx_drama9) September 4, 2026
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第7話「研究用マウス全滅事件」を
ご視聴いただきありがとうございました✨
泰地(#鈴鹿央士)と星(#稲垣吾郎)
雪村(#小雪) の奮闘をもう1度見たい方や…
第7話は、**「多様性を掲げる社会が、実際にはどれほど“普通ではない人”に不寛容なのか」**を非常に鋭く描いた回として分析できると思います。
公式が本作全体を「現代社会の不寛容さや巨大な闇に立ち向かう」物語と位置づけていること、そして第7話でASDのある研究員・琴美が、職場に配慮を求めながらも研究用マウス全滅の責任を問われる構図を見ると、このテーマは偶然ではなく、ドラマ全体の中心にあると考えられます。(オリコンニュース(ORICON NEWS))
『リーガルビート』第7話を
「多様性への不寛容」という視点から読む
1.最大の問題は「ASDだからミスをした」と考えてしまうこと
琴美はASDの特性があり、職場に配慮を求めていました。
ところが事件が起きると、人々は無意識に、
「ASDだからミスをしたのでは?」
と考えてしまう。
ここに、このドラマが描く無理解の怖さがあります。
本来なら考えるべき順番は、
① 本当に琴美がミスをしたのか?
↓
② 何が起きたのか?
↓
③ 記録や証拠はどうなっているのか?
↓
④ 職場環境に問題はなかったのか?です。
しかし琴美の場合、
ASDがある
↓
「普通とは違う」
↓
「ミスをする人かもしれない」
↓
「きっと彼女が原因だ」という偏見によるショートカットが起きやすい。
第7話の恐ろしさは、まさにここです。
公式情報でも、琴美は「周囲が求める『普通』になろうと日々努力し、仕事にも懸命に励んでいた」と説明されています。つまりドラマは、「本人の能力」より先に社会が作った**“普通の型”**を問題にしているのです。(テレ東・BSテレ東)
2.「普通」という言葉そのものが暴力になる
私はこの回で最も重要なキーワードは、
「普通」
だと思います。
琴美は「普通になろう」と努力していました。
でも、ここで考えなければならないのは、
なぜ琴美だけが「普通になろう」と努力しなければならないのか?
ということです。
社会にはしばしば、
普通に話せる
普通に理解できる
普通に空気を読める
普通に働ける
普通にコミュニケーションできる
という基準があります。
しかし、その「普通」とは誰が決めたのでしょうか。
実は、
多数派にとって都合のよい行動様式
を「普通」と呼んでいる場合が少なくありません。
琴美のような人に、
「あなたが普通に合わせてください」
と要求する社会は、一見公平に見えても、実際には非常に不公平です。
3.「平等」と「公平」は違う
このドラマを理解する上で重要なのが、
平等(Equality)
と
公平(Equity)
の違いです。
平等
全員に同じものを与える。
Aさん → 同じ環境
Bさん → 同じ環境
Cさん → 同じ環境公平
それぞれが能力を発揮できるよう必要な条件を整える。
Aさん → 必要な環境
Bさん → 必要な環境
Cさん → 必要な環境琴美に対して、
「他の人と同じ条件で働かせています」
というだけでは、本当の意味で公平とは限りません。
例えば、
指示をより明確にする
手順を視覚化する
業務変更を共有する
特定の負担を一人に集中させない
困った時に相談できる仕組みを作る
などが必要になる場合があります。
つまり、
「同じ扱い」=「公平」
ではないのです。
4.合理的配慮を「特別扱い」と見る社会
多様性への不寛容が生まれるもう一つの原因が、
「配慮=特別扱い」
という考え方です。
例えば、
「琴美だけ配慮してもらうのはずるい」
「みんな大変なんだから」
「社会に出たら甘えは通用しない」
という言葉です。
しかし合理的配慮は、
特別な優遇を与えること
ではありません。
本来は、
スタートラインに立つための障害を減らすこと
です。
ここを理解できない社会では、多様性は「理念」だけになってしまいます。
5.この回の研究室は「制度はあるが理解がない」社会の縮図
第7話の研究室を見ていると、
制度上は配慮を認めていても、組織として理解しているとは限らない
という問題が浮かび上がります。
琴美は配慮を求めていました。
では、
組織全体が理解していたのか?
上司は理解していたのか?
同僚は理解していたのか?
教育係だけが背負っていなかったか?
という問題が出てきます。
第7話についての放送後の論評でも、琴美への合理的配慮が教育係一人に任されていた組織構造が問題として指摘されています。これは公式設定そのものとは区別して見る必要がありますが、ドラマのテーマを考える上では重要な視点です。(つれづれデイズ)
つまり、
「琴美を理解してください」
↓
一人の教育係に丸投げでは駄目なのです。
本来は、
組織
├─ 管理職
├─ 人事
├─ 同僚
├─ 教育担当
└─ 本人全体で環境を作らなければならない。
多様性を個人対個人の問題にしてしまうこと自体が、このドラマの描く無理解の一つだと思います。
6.不寛容は「悪意」だけから生まれるわけではない
ここが非常に重要です。
多様性に対する不寛容というと、
差別主義者
悪意ある人間
意地悪な上司
を想像しがちです。
しかし現実には、もっと普通の形で起こります。
「悪気はなかった」
「そんなつもりじゃなかった」
「みんなと同じように接しただけ」
「本人のためを思った」
こうした言葉の中にも、無理解は存在します。
つまり、
不寛容の最も怖い形は、自分が不寛容だと気づいていないこと
なのです。
琴美のケースでも、誰かが露骨に「ASDだから駄目だ」と言わなくても、
周囲の思い込みそのものが彼女を追い詰める可能性があります。
7.「弱い立場の人が疑われやすい」という構造
琴美は、
若手研究員
組織内で立場が弱い
ASDという特性がある
「普通」に合わせようとしている
という立場です。
一方、彼女を取り巻く側には、
研究室
上司
親会社
組織の権力
資金
があります。
ここには明らかな力の非対称性があります。
事件が起きた時、
誰の説明が信じられるのか?
という問題が発生します。
社会では残念ながら、
権力がある人の説明
>
立場の弱い人の説明になりやすい。
そして琴美の場合、ASDという特性が、
「彼女の証言は信用できないのでは?」
という偏見まで生み出しかねません。
だからこそ、このドラマは単なる「ASDを理解しましょう」という物語ではなく、
誰の言葉が社会から信じてもらえるのか?
という問題を描いているのだと思います。
8.主人公・泰地自身も「多様性」の側にいる
このドラマ全体で非常に面白いのは、主人公の泰地自身にも吃音があることです。
公式紹介でも、本作は吃音がある新人弁護士・泰地が、現代社会の不寛容さに立ち向かう物語とされています。(オリコンニュース(ORICON NEWS))
つまり泰地は、
「多様性について外から語る人」
ではありません。
彼自身も、
「普通に話せない」
と見られることがある側の人間です。
だから琴美に対して、
「あなたを理解してあげる」
という上からの視点ではなく、
「あなたの声を聞く」
という姿勢を持てる。
ここが『リーガルビート』の重要な部分だと思います。
9.「理解する」ことと「同じになる」ことは違う
多様性を尊重するとは、
「みんな同じ考え方になりましょう」
ということではありません。
また、
「ASDの人を完全に理解しましょう」
ということでもないでしょう。
他人の感じ方を100%理解することは不可能です。
大切なのは、
自分と違う人がいることを前提に社会を作ること
です。
つまり、
「なぜ私と同じようにできないの?」ではなく、
「この人はどうすれば力を発揮できるのだろう?」へ発想を変える。
第7話は、まさにこの転換を描いているように思います。
10.このドラマの最大の問い
私は第7話が私たちに投げかけている最大の問いは、
「多様性を認めるとは、何をすることなのか?」
だと思います。
企業や組織が、
多様性を尊重します
インクルーシブな職場を目指します
障害者雇用を進めます
と言うことはできます。
しかし本当に問われるのは、
事件が起きたときです。
失敗が起きたとき、
その人を、
「やっぱり普通じゃないから」
と切り捨てるのか。
それとも、
「本当に何が起きたのか?」
と公平に調べるのか。
ここで組織の本当の姿が現れます。
総合的な分析
第7話「不可解な研究室の闇暴け!」は、
ASDをテーマにしたドラマ
というだけではありません。
むしろ、
「“普通”という多数派のルールが、どのように少数者を追い詰めるか」
を描いた物語だと思います。
そして琴美が直面している問題は、ASDだけに限りません。
これは、
障害のある人
吃音のある人
外国にルーツを持つ人
性別や性自認が多数派と異なる人
高齢者
若者
病気や特性を持つ人
など、「社会の標準から少し外れる」と見なされたあらゆる人々に共通する問題として読むことができます。
最後に、この回を一言で表すなら
「多様性とは、“違う人を許すこと”ではない。“違う人が最初から存在する社会を設計すること”である。」
第7話は、このことを非常に分かりやすく示したエピソードだったのではないでしょうか。
そして『リーガルビート』全体を見ると、吃音のある泰地自身を主人公に据えている点も含めて、**「社会が“普通”からこぼれ落ちる人々の声を、誰がどう拾うのか」**というドラマなのだと思います。(オリコンニュース(ORICON NEWS))


















