もしかして東大寺のついでに寄ってみた的な~😎ブラタモリ 奈良・飛鳥 世界遺産記念SP▼なぜ飛鳥は日本の国の礎に?
もしかして東大寺のついでに寄ってみた的な~
こんにちは
猫好き父さんです
もしかして東大寺のついでに寄ってみて
ただ
コンテンツが不足するから
過去の回を再編集して
つないだということなのかな?
ブラ奈良・飛鳥
今年7月「飛鳥・藤原の宮都」が世界文化遺産に登録されたことを記念し、6年前に放送した「奈良・飛鳥」の回を特別再編集!奈良県明日香村に残る数々の遺跡をめぐり、日本の国づくりの始まりを解き明かす。石舞台古墳の巨大な石室や、日本最古の仏像から、豪族・蘇我氏の圧倒的な力に迫る!斉明天皇の時代、国づくりの要となったのは「時計」だった!?さらに、謎に包まれた酒船石の目的をタモリが推理!歴史ミステリーに挑む!?
出演者
【出演】タモリ,【アナウンサー】佐藤茉那,【語り】あいみょん
【飛鳥・藤原の宮都 × #ブラタモリ】
— NHK PR (@NHK_PR) September 25, 2026
キーワードは2つ➡️「巨石」「巨大な運河の痕跡」
▼番組情報を見る▼https://t.co/C8YcrVwADx
世界遺産になった今だからこそ知りたい。飛鳥、1400年の謎解き旅。2020年放送「奈良・飛鳥」の回を特別再編集でお送りします。
1. 世界遺産としての本質的な価値(何が評価されたのか)
- 律令国家と国号の誕生の地:中国の東アジア政治秩序に与しつつ、独自の中央集権体制を確立した「日本」という国号や「天皇」の称号が使われ始めた時期の中心的舞台です。
- 東アジアにおける都市計画の受容と展開:飛鳥地方の自然地形を生かした宮殿(飛鳥宮など)から、中国の都城制を取り入れた日本初の本格的な条坊制城都である藤原京(藤原宮跡)への移行過程が考古学的に裏付けられています。
- 地上構造物なき地下資産の証明:建物自体は残っていなくても、発掘調査によって発掘された遺構(基壇、柱穴、掘り抜き井戸など)が高度な保存状態(地下の「タイムカプセル」)で維持されている点が極めて高い学術価値を持ちます。
2. 登録に至る長いストーリー(挑戦と軌道修正の歩み)
3. 主な構成資産と「守破離」の歴史的体現
- 藤原宮跡(ふじわらきゅうせき)
- 中国の都城を模しながら、日本で初めて宮殿を中心に四方を条坊で囲んだ本格的都城の遺構。
- 飛鳥宮跡(板蓋宮・浄御原宮など)
- 乙巳の変(645年)の舞台となった板蓋宮や、天武・持統天皇が律令編纂を進めた政治の拠点。
- 高松塚古墳・キトラ古墳
- 東アジア的な宇宙観(四神図や星図)と高度な絵画技術を示す東西融合の文化遺産。
- 石舞台古墳・飛鳥寺跡
- 巨石建造技術や、日本最古の本格的寺院に見られる初期仏教受容の姿を伝える遺構。
4. 地域社会と保存運動(現代における継承)
はい。ちょうど2026年9月26日に「飛鳥・藤原の宮都」の世界遺産登録を記念した特別再編集版が放送されたところですね。これは2020年4月18日放送の「ブラタモリ #162『奈良・飛鳥~なぜ飛鳥は日本の国の礎となったのか?~』」をベースにした回です。2026年版は37分の再編集版でした。(名文化センター)
この回、単に「飛鳥時代の史跡を紹介する」というより、**「なぜ、この小さな盆地の飛鳥から日本という国家の仕組みが生まれたのか」**を、地形・豪族・仏教・技術・都市計画から読み解く構成になっています。
まず番組の結論
番組が見せていくのは、おおむね次の流れです。
飛鳥の地形
↓
有力豪族・蘇我氏が力を持つ
↓
大陸から仏教・文化・技術が入ってくる
↓
寺・宮殿・道路など、従来とは違う巨大な公共空間が造られる
↓
時間を測る「時計」など、新しい国家運営の技術が導入される
↓
天皇を中心とした新しい国家へ
つまり、
「飛鳥には古いものが残っている」のではなく、「日本という国家を作るための実験が、この狭い地域で次々と行われた」
という見方です。
① 最初の重要ポイントは「蘇我氏」
番組ではまず、飛鳥の巨大古墳として有名な石舞台古墳へ
石舞台古墳の特徴は、何といっても巨大な石室です。
この古墳は蘇我馬子の墓とする説が有力ですが、番組では、
「これだけ巨大な石を動かすことができた権力とは何だったのか?」
というところから蘇我氏の勢力を考えます。
ここがブラタモリらしいところで、
「蘇我氏は強大だった」
という歴史の説明だけでは終わらず、
「なぜこの場所で、これほどの土木工事が可能だったのか」
を実際の地形・石・遺構から考えていきます。
② 「日本最古級」が次々に登場する
飛鳥を歩いていると、
日本最古級の寺院
日本最古の仏像
宮殿跡
古墳
水利施設
時計
巨石遺構
などが次々と出てきます。
その象徴が飛鳥寺です。
飛鳥寺は蘇我氏によって建立された、日本最初期の本格的寺院。
そして飛鳥大仏は、日本最古の仏像として知られています。
ここで重要なのは、
仏教が単なる新しい宗教として入ってきたのではない
ということ。
寺院を建てるには、
建築技術
石工・瓦などの技術
大陸との交流
大量の労働力
経済力
権力による動員
が必要になります。
つまり仏教の導入そのものが、国家を作るための巨大なプロジェクトになっていたわけです。
③ そして「乙巳の変」の舞台へ
番組では、飛鳥宮跡も重要な場所として登場します。
ここで思い出すのが、
645年の乙巳の変
です。
中大兄皇子と中臣鎌足らが蘇我入鹿を宮廷で暗殺した事件。
現在の遺跡を見ると、
「こんな場所で、あの事件が起こったのか」
という感覚がかなり具体的になります。
そしてこの事件は単なる権力闘争ではなく、その後の
大化改新 → 中央集権的国家形成
につながっていきます。
したがって、
蘇我氏が巨大な権力を持ったこと自体が、日本の国家形成を促す一つの条件になった
という逆説が見えてきます。
④ この回で非常に面白いのが「時計」
ここは「ブラタモリ飛鳥」の中でも特に印象的な部分です。
斉明天皇の時代、飛鳥には水時計=漏刻が設置されました。
つまり、
国家が「時間」を管理し始めた
という話です。
これは意外に重要です。
それまでの社会では、
「日の出」「日の入り」「季節」など、自然の時間が生活の基本でした。
ところが国家が、
「何時に集合する」
「何時から何時まで仕事をする」
というように共通の時間を社会全体に設定するには、時計が必要です。
したがって番組では「時計」を単なる古代の珍しい技術としてではなく、
国家を運営するためのインフラ
として扱っています。
これは非常にブラタモリらしい視点です。
⑤ 斉明天皇と「石」
そして後半の面白いテーマが、
「斉明天皇は石好きだった?」
というもの。
明日香村には、
酒船石
亀形石造物
二面石
猿石
その他の巨石遺構
など、用途がよく分からない石造物が大量にあります。
その中でも酒船石は特に謎めいています。
大きな石の表面に、
溝
円形のくぼみ
水路のような構造
が刻まれています。
名前から「酒を造った場所」と想像されがちですが、実際の用途は確定していません。
そこでタモリさんが、
「これは何のためのものなのか?」
を推理する。
ここは「歴史番組」というより、ちょっと古代ミステリー番組になるところです。
⑥ しかし「石好き」だけではない
ここで番組の視点が一段深くなります。
斉明天皇の時代には、飛鳥で大規模な土木事業が盛んに行われました。
道路、宮殿、庭園、石造物、水に関する施設……。
つまり、
飛鳥という空間そのものを人工的に作り変えていった
わけです。
これは非常に重要です。
それまでの「王の住居」とは違って、
国家の中心となる都市空間を計画的に作る
という発想が出てきた。
ここから後の藤原京、平城京へつながっていきます。
⑦ 「なぜ飛鳥だったのか?」
ここがタイトルへの回答です。
飛鳥は現在見ると、
「どうしてこんな山あいの小さな村が古代国家の中心だったの?」
と思いますよね。
実はそこがポイント。
飛鳥は、
大和盆地の南東部にあり、周囲を山に囲まれた地形
です。
外から完全に開けた場所ではありません。
その一方で、大和盆地を通じて各地とつながることができます。
そして有力豪族の勢力基盤がここに形成されました。
つまり、
「何もないところに突然首都ができた」のではなく、政治勢力・交通・地形・外交・宗教・技術が重なった場所だった
ということです。
⑧ この番組の本当の面白さは「日本」という言葉以前の日本
ここは、ユーザーさんが以前話されていた**「日本の国がどう成立したのか」**というテーマともかなりつながると思います。
飛鳥時代の初めには、現在の意味での「日本」という国家が最初から存在していたわけではありません。
むしろ、
豪族がそれぞれの勢力を持つ社会
から、
天皇を中心とする国家
へと変わっていく過程が飛鳥です。
そして、
宮殿
寺院
古墳
道路
水利
時計
法制度
外交
中国・朝鮮半島からの技術・文化
などが、一つの方向に集約されていきます。
だから「日本の国の礎」というタイトルになるわけです。
2026年版では、ここがさらに重要になっています
今回の2026年9月26日の放送は、「飛鳥・藤原の宮都」が2026年7月に世界文化遺産登録されたことを記念した特別再編集です。(Bangumi)
したがって2020年版とは少し意味合いが変わりました。
2020年版では、
「なぜ飛鳥から日本の国家が始まったのか?」
を探る番組。
2026年版ではそこに、
「その飛鳥から藤原京へと発展していった古代国家形成の遺産が、なぜ世界遺産として評価されたのか?」
という現在の視点が重なっています。
特に興味深いのは、2026年版で奈良大学の相原嘉之教授が「飛鳥・藤原の宮都」について解説する場面が加えられたことです。(奈良大学)
そして、この回を「古代日本の都市計画」という視点で見ると……
実はものすごく面白いんです。
飛鳥 → 藤原京 → 平城京
という流れを見ると、
「豪族の館と寺が点在する飛鳥」
↓
「国家の宮都を計画する藤原京」
↓
「巨大な国際都市・平城京」
という、日本が「国家」になる過程そのものが都市の姿に現れているんです。
ですから、この「ブラタモリ飛鳥」は、古墳や蘇我氏の話として見るよりも、「日本という国が、土地をどう使うようになったのか」という番組として見ると非常に面白い回だと思います。
はい。ここはかなり面白いです。
5か所を単独の「観光名所」として見るより、**「飛鳥で国家の仕組みが一つずつ形になっていく過程」**として並べると、『ブラタモリ』の意図が非常によく見えてきます。
まず全体像を一枚にすると、
| 遺跡 | 何を示しているか | キーワード |
|---|---|---|
| 石舞台古墳 | 豪族が巨大な公共事業を動かせるほどの権力を持った | 蘇我氏・土木力 |
| 飛鳥寺 | 大陸の宗教・建築・技術を国家規模で導入した | 仏教・渡来文化 |
| 飛鳥宮跡 | 豪族中心の政治から天皇中心の宮廷国家へ | 王宮・政治改革 |
| 漏刻(水落遺跡) | 国家が「時間」を統一的に管理し始めた | 時間・行政 |
| 酒船石 | 天皇が巨大な祭祀・水・石の空間を造営した | 祭祀・土木・権力 |
奈良文化財研究所も、飛鳥・藤原地域を「古代国家成立期の歴史的な舞台」と位置づけ、宮殿・寺院・工房・漏刻台・墳墓などが集中していることを指摘しています。(名文化センター)
1.石舞台古墳――「蘇我氏はどれほど巨大な権力を持っていたのか」
まず石舞台古墳です。
7世紀初頭に造られた、一辺約50mの巨大な方墳で、横穴式石室の総重量は約2,300トンにも及びます。被葬者は蘇我馬子とする説が有力です。(あすか村)
なぜ「石舞台」が国家形成の話になるのか
普通なら、
「蘇我馬子のお墓です」
で終わります。
しかし『ブラタモリ』では、むしろ
「こんな巨大な石を、どうやってここまで運び、積み上げたのか?」
という方向から考えます。
石室の天井石だけでも、とてつもない重量です。
つまり必要なのは、
石を切り出す技術
運搬する人員
巨石を動かす土木技術
多数の人間を組織する能力
それを可能にする経済力
です。
これは「お金持ちだった」というレベルではありません。
人間集団を組織して、大規模な工事を遂行できる政治権力が必要です。
だから石舞台は、
蘇我氏がどれほど強大な政治勢力だったかを、石そのものが物語っている
という遺跡なんですね。
そして重要なのが、石舞台の立地です。
蘇我氏は飛鳥寺も造ります。
つまり、
巨大古墳+巨大寺院
をほぼ同じ政治勢力が造っている。
ここから「蘇我氏」という存在を、単なる有力豪族ではなく、飛鳥という政治空間そのものを作り替える勢力として見ることができます。
2.飛鳥寺――「仏教が宗教であると同時に国家プロジェクトだった」
次に飛鳥寺。
ここは石舞台とは全く違うものに見えます。
ところが実は、石舞台とセットで考えると非常に面白い。
飛鳥寺は法興寺・元興寺とも呼ばれ、飛鳥時代最大級の寺院でした。明日香村の資料によれば、蘇我馬子が建立を進め、推古朝にかけて伽藍が整えられ、本尊の丈六銅像も造られました。(あすか村)
飛鳥寺の画期性
それまで日本にも寺院の前身となるものはありましたが、飛鳥寺は、
本格的な大陸式寺院建築を日本に導入した最初期の巨大プロジェクト
です。
ここには、
仏教
仏像制作
瓦
金属加工
建築
渡来系技術者
大陸との外交・交流
が集まります。
つまり仏教は、
「新しい宗教を信じましょう」
だけではない。
新しい文明システムを丸ごと導入すること
でもあったわけです。
そして実際、飛鳥寺の南側には飛鳥池工房遺跡があり、金・銀・銅・鉄などの金属生産、ガラスや玉の製作、さらに富本銭の鋳造などが行われていました。飛鳥寺の瓦を焼いた窯も見つかっています。(あすか村)
ここがものすごく重要です。
「寺」と「工房」と「政治」が近い
つまり飛鳥では、
寺院
↓
技術者
↓
工房
↓
金属・貨幣・瓦
↓
政治権力
というネットワークができていた。
だから飛鳥寺は、単なるお寺ではなく、
大陸文明を日本社会へ移植するための巨大な装置
と考えることができます。
3.飛鳥宮跡――「豪族の時代」から「天皇の宮殿」へ
ここで政治の中心が登場します。
飛鳥宮跡の最大の面白さは、
一つの宮殿ではない
ということです。
発掘によって、同じ場所に複数の宮殿が重なっていることが分かっています。
現在の研究では大きく、
飛鳥岡本宮
飛鳥板蓋宮
後飛鳥岡本宮
飛鳥浄御原宮
などが同じ地域に営まれたと考えられています。(あすか村)
これは非常に面白い。
つまり、
「飛鳥」という場所そのものが、天皇の政治的中心地として何度も作り替えられていった
わけです。
そして、あの「乙巳の変」
飛鳥宮跡といえば、やはりこれです。
645年、蘇我入鹿が中大兄皇子らによって殺害された事件。
飛鳥板蓋宮はその舞台とされています。(あすか村)
ここで石舞台に戻ると、すごく象徴的です。
石舞台
蘇我氏の巨大な権力
↓
飛鳥寺
蘇我氏が導入した新しい仏教・大陸文化
↓
飛鳥宮
その蘇我氏の政治的勢力を組み替える舞台
となる。
つまり、飛鳥宮跡は単なる「昔の皇居」ではなく、
日本の政治システムが大きく変わった場所
なんですね。
4.漏刻(水落遺跡)――実はこれが一番「国家らしい」
ここは個人的にも、この回の核心の一つだと思います。
漏刻とは、簡単に言えば水時計です。
水を一定の条件で流し、その水量・水位の変化から時間を測ります。
『日本書紀』には、
斉明天皇6年(660)に中大兄皇子が漏刻を初めて造り、民に時を知らせた
という記録があります。
その遺跡と考えられているのが、明日香村の水落遺跡です。(名文化センター)
なぜ「時計」が国家形成につながるのか?
ここが非常に重要です。
時計そのものがすごいのではありません。
「民に時を知らせた」
ことが重要なんです。
つまり、
国家が社会に共通の時間を設定した
ということ。
たとえば、
「朝に役所へ来い」
「この時刻に儀式を行う」
「この時間に軍事行動を開始する」
ということを全国的に行うには、共通の「時」が必要です。
自然の太陽だけでは、正確な時刻を共有できません。
そこで、
水時計 → 時刻を測る → 鐘・鼓で知らせる → 社会全体が同じ時間を共有する
という仕組みが生まれる。
しかも、遺構がものすごく高度
発掘された水落遺跡では、
4間四方の総柱建物
銅管
木樋
枡
中央の黒漆塗木箱
などが確認されています。奈良文化財研究所は、これを漏刻を設置した時計台の遺構と考えています。(名文化センター)
つまり、
時計を置いただけではない。
時計を安定して作動させるための、
専用の建物+給排水システム
まで作っていた。
これはもう「便利な時計」というより、
国家行政のための時間インフラ
なんです。
そして現在の「時の記念日」が6月10日なのも、この飛鳥の漏刻と関係しています。天智天皇10年(671)の記事の日付を西暦に換算すると6月10日になるためです。(名文化センター)
5.酒船石――「何に使ったのか分からない」のが面白い
最後が、いちばん「ブラタモリらしい」場所です。
酒船石。
長さ約5.5m、幅約2.3m、厚さ約1mの巨大な石で、上面には複数の溝と円形・楕円形のくぼみが彫られています。(あすか村)
ところが、
何のために作ったのか、決着していません。
いろいろな説がある
これまで、
酒造り
油を絞る装置
砂金などの精選
水銀朱(辰砂)の製造
曲水の宴
祭祀関係
など、さまざまな説が提案されてきました。
しかし明日香村も、決定的な用途は分かっていないとしています。(あすか村)
ここは非常に大事です。
「酒船石=酒を造る場所」
と断定するのは現在では危険です。
「酒船石」という名前自体が後世の呼称だからです。
6.ところが「酒船石だけ」を見ると分からなくなる
ここが2020年のブラタモリを理解するうえで重要です。
酒船石そのものだけなら、
「変な石だな」
で終わります。
ところが周辺を発掘すると、
巨大な人工空間
が出てきました。
丘陵を人工的に整え、石垣を築き、その周辺に水に関係する石造物や石敷などが配置されています。
特に重要なのが亀形石造物。
亀の形をした石の内部が水槽になっていて、水を受けて流す仕組みが確認されています。(あすか村)
明日香村は現在、この一帯を「宮の東に造られた人工の丘」「天皇祭祀を司る聖なる空間」と位置づけています。(あすか村)
7.ここで「水」が5つの遺跡をつなぐ
実はここがかなり面白いところです。
漏刻も水。
酒船石も水を流した可能性がある。
亀形石造物も水。
さらに飛鳥には苑池や水路などの高度な水利施設があります。
つまり飛鳥では、
水を単に飲料・農業用に使うだけでなく、「時間を測る」「祭祀を行う」「空間を演出する」ためにも使っていた
わけです。
これは古代国家の成熟を考えるうえで非常に重要です。
8.5つを一本の物語にすると……
ここまでを一本につなげてみましょう。
① 石舞台
「巨大な工事をできる権力」がある。
↓
② 飛鳥寺
その権力が大陸の宗教・建築・技術を導入する。
↓
③ 飛鳥宮
政治の中心となる宮殿が整備される。
↓
④ 漏刻
国家が時間まで管理し始める。
↓
⑤ 酒船石
天皇を中心とする祭祀・儀礼空間まで人工的に構築する。
そして、その先に
藤原京
が出てきます。
奈良文化財研究所によれば、藤原京は694~710年に置かれた、日本の古代国家における最初の計画都市で、道路によって碁盤目状に区画された大規模な都でした。(名文化センター)
つまり、
石舞台 → 飛鳥寺 → 飛鳥宮 → 漏刻・水落 → 酒船石
を見ていると、
「豪族が力を持つ社会」から「天皇を中心に、宗教・時間・都市・祭祀・技術を統合して運営する国家」へ
という変化が見えてくるんです。
そして「飛鳥はなぜ日本の国の礎になったのか?」への答え
私はこの5遺跡を見たうえでは、番組タイトルの「礎」という言葉は、建物の礎石という意味以上に、「国家を構成する部品が初めて一つの地域に集まった」という意味で理解すると分かりやすいと思います。
石舞台=権力
飛鳥寺=宗教・外交・技術
飛鳥宮=政治
漏刻=時間・行政
酒船石=祭祀・空間演出
なのです。
そして奈文研が現在も飛鳥を「古代国家誕生の地」と位置づけているのは、まさにこのように、宮殿・寺院・工房・水時計・古墳などが極めて狭い範囲に集中しているからです。(名文化センター)
さらに面白いのは「飛鳥→藤原京→平城京」です
ここまで見ると、次にぜひ比較したくなるのが、
「飛鳥は都市だったのか?」
という問題です。
実はここが非常に面白くて、飛鳥には藤原京や平城京のような碁盤目状の巨大都市がありません。ところが、宮殿・寺院・工房・祭祀施設などは猛烈な密度で集まっている。
つまり飛鳥は、完成した「都」というより、
日本が都を作れる国家になるための「実験場」
だった、と見ることができます。
そして、その実験の成果が藤原京で初めて「計画都市」という形になる――この「飛鳥→藤原→平城」の連続性を追うと、今回の『ブラタモリ』が「なぜ飛鳥は日本の国の礎になったのか?」と問いかけた意味が、かなりはっきりしてきます。





















