北海道はでっかいどー🌸【連続テレビ小説】ブラッサム(26)第6週「ふたり、北へ」
北海道はでっかいどー
こんにちは
猫好き父さんです
叔母の照子さん
いい話をもってきましたねえ
画像は公式からの引用です
あらすじ
珠(石橋静河)のお腹に赤ん坊が宿っていることがわかる。珠は嬉しかったが、保(金子大地)の大学はどうするのか、これからの生活費はどうするのか、心配しなければいけないことばかりだった。そんなとき、叔母の照子(山田真歩)と、札幌の銀行に勤める親戚・木村正吾(三宅弘城)が突然、訪ねてくる。照子と正吾は、珠と保に必要な出産費用や生活費の援助をすることを条件に、あることを珠たちに提案する。
出演者
【出演】石橋静河,金子大地,山田真歩,赤堀雅秋,中村優子,三宅弘城,国仲涼子
原作・脚本
【作】櫻井剛
音楽
【音楽】fox capture plan
「共に希望を叶える仕事だと思っとるんだ」——。 叔父・正吾さんが語るスケールの大きな夢と使命感に、思わず目を輝かせる保さん。 いつもは冷静な保さんの心が躍る瞬間を、珠はしっかりと感じ取りました。 📱#ブラッサム はNHK ONEで配信中 https://t.co/oHyKj76i58 https://t.co/LHKKnv76nA
— 朝ドラ「ブラッサム」公式 (@asadora_bk_nhk) November 1, 2026
大正時代(1912〜1926年)の札幌
明治期の「開拓使」によるゼロからの都市建設を経て、大正時代(1912〜1926年)の札幌は「開墾の町」から「近代的な都市文化と産業が咲き誇る北海道の中心都市」へと劇的な変貌を遂げました。
大正大戦景気による経済的発展、路面電車などの都市インフラの整備、そして文化・教育の成熟という3つの視点から、当時の札幌の発展の様子を紐解きます。
1. 「大正デモクラシー」と大戦景気がもたらした都市・産業の急成長
明治末期から大正期にかけて、札幌は単なる行政拠点から本格的な経済・商業都市へと飛躍しました。
- 大戦景気と農産物ブーム 第1次世界大戦(1914〜1918年)に伴う好景気により、北海道産の豆類(インゲン豆や小豆など)や馬鈴薯が世界へ輸出され、「豆成金」と呼ばれる富裕層が誕生するほどの農産物輸出ラッシュが起きました。その集積・金融の拠点として札幌の商業街(現在の狸小路や南一条通周辺)は大賑わいを見せました。
- 市制の施行(1922年・大正11年) 人口の急増に伴い、1922年(大正11年)9月1日、札幌は正式に「札幌市」となりました(当時の人口は約10万人)。これにより、名実ともに北海道を代表する自治体としての歩みが始まりました。
2. インフラの近代化:路面電車の開通とモダンな街並み
大正時代は、札幌の街の「足」と「景観」が劇的に近代的になった時代です。
- 札幌市電(路面電車)の登場(1918年・大正7年) 1918年、開道50年を記念して開催された「北海道博覧会」に合わせて、民間会社(札幌電気軌道)により路面電車が開業しました(後に市営化)。馬車鉄道から電気で走る電車への転換は市民の移動を飛躍的に便利にし、街の動脈として発展を支えました。
- 赤れんがとモダン建築の共存 明治の象徴である北海道庁旧本庁舎(赤れんが庁舎)に加え、大正期にはハイカラな洋風建築や金融機関の堅牢な建物が街中に建てられ、道幅の広い碁盤の目の街並みと相まって「北のモダン都市」の景観が作られていきました。
3. 学都・文化都市としての成熟
札幌は北海道の教育・文化の発信地としても独自の華やかさを誇りました。
- 北海道帝国大学の誕生(1918年・大正7年) 札幌農学校を前身とする「東北帝国大学農科大学」から昇格し、全国で5番目の帝国大学となる「北海道帝国大学」が設置されました。全国からハイカラで志の高い学生が集まり、ポプラ並木や白亜の校舎が立ち並ぶキャンパスは「学都・札幌」の象徴となりました。
- モダンガールの闊歩と文化サロン 大正デモクラシーの自由な気風のもと、カフェーや洋風のレストラン、映画館(活動写真館)が狸小路周辺に立ち並び、モダンボーイ・モダンガールが街を練り歩きました。また、有島武郎などの白樺派文学者や芸術家たちが交流する文化的な成熟も見られました。
まとめ
大正時代の札幌は、明治期に敷かれた都市計画の骨組みに「産業の富」「近代的交通インフラ(市電)」「大学と高い文化性」という血が通い、現代に続く札幌の都市としての基盤と洗練された街風が完成した黄金期と言えます。


















