なぜ日本軍は台湾に行ったのか?😢【連続テレビ小説】風、薫る(109)第22週「明るい未来」
なぜ日本軍は台湾に行ったのか?
こんにちは
猫好き父さんです
小川が近衛師団で
なければ
帰ってこれたのかも
画像は公式からの引用です
あらすじ
出征した小川(甲斐翔真)の帰りを待つ中、直美(上坂樹里)は無事に明を出産し、一ノ瀬家の美津(水野美紀)やりん(見上愛)の力を借りながら育児に励んでいた。そんな中、陸軍予備病院に運び込まれたのは…
出演者
【出演】見上愛,上坂樹里,生田絵梨花,甲斐翔真,相田翔子,水野美紀,【語り】研ナオコ
原作・脚本
【脚本】吉澤智子,【原案】田中ひかる
音楽
【音楽】野見祐二
日清戦争に勝利した日本が台湾へ出兵した(台湾渡航・台湾征服戦争)最大の理由は、日清講和条約(下関条約)によって台湾が清国から日本へ正式に割譲されたためです。
しかし、単に受け取りに行っただけにとどまらず、現地での激しい大規模な武力衝突(台湾討伐戦)へと発展しました。その背景と経緯は以下の通りです。
1. 領有の目的と戦略的意義
- 下関条約(1895年)による割譲:日清戦争の勝利に伴い、日本は清国に対して賠償金の支払いや遼東半島・樺太・澎湖諸島とともに台湾全島の割譲を要求し、これが認められました。
- 南進の拠点・防衛上の要衝:当時、欧米列強が東アジアや東南アジアへ急速に侵出していました。日本にとって台湾は、南方の列強に対する防波堤(安全保障)であり、将来的に南進・貿易拡大を図るための重要な戦略拠点と位置づけられました。
- 「一等国(列強)」としての領土拡張:近代国家として西洋列強と同等の「植民地を保有する帝国」となったことを国内外に示す政治的な目的もありました。
2. 現地の抵抗と「台湾民主国」の設立
日本への割譲が決まったことを知った現地(台湾)の人々は激しく反発しました。
- 台湾民主国の建国:清国の台湾巡撫(知事)であった唐景崧や地元の有力者たちは、日本の占領に対抗するため、1895年5月に独立を宣言して「台湾民主国」を設立し、抵抗運動を展開しました。
- 日本軍の「台湾渡航」と平定作戦:これにより、日本は領有権を事実上行使・確立するため、北白川宮能久親王率(きたしらかわのみやよしひさしんのう)いる近衛師団などの陸軍部隊を派遣せざるを得なくなりました。
3. 乙未戦争(いつびせんそう)の勃発
1895年5月末に日本軍が台湾北部の基隆に上陸してから、11月に全島をほぼ平定するまでの約5ヶ月間、激しい戦闘が繰り広げられました。これを乙未戦争と呼びます。
- ゲリラ戦と病魔(マラリア)との戦い:正規軍との戦い自体は短期間で決着がついたものの、現地住民による激しいゲリラ抵抗運動が全島で続きました。さらに、日本軍は熱帯特有の気候や風土病(主にマラリア)に非常な苦戦を強いられ、司令官である北白川宮能久親王をはじめ、戦死者よりも圧倒的に多い病死者を出すこととなりました。
このように、日本軍が台湾に渡ったのは「下関条約で手に入れた領土の統治権(実効支配)を確定させるため」であり、現地での強い抵抗勢力を力で押さえ込んで総督府による領有体制を築くための出兵でした。


















