日本最強の城スペシャル あなたも絶対行きたくなる! 大特集「豊臣兄弟」の城🎍1/1 (木) 19:30 ~ 20:50
大特集「豊臣兄弟」の城
あけましておめでとうございます
猫好き父さんです
本年もよろしくお願いいたします。
「豊臣兄弟」を観るかどうか
迷ってます
この番組の内容次第で
決めようかなあ・・・
内容
今回は「豊臣兄弟!」をより楽しく見るための特別編。豊臣家の象徴だった巨城「大坂城」は、江戸時代、徳川家によって地下深く埋められたが、往時を知る手がかりが意外なところに。秀長の本拠「大和郡山城」の石垣に積まれた不思議な石とは?戦の常識を変えた鳥取の山城や、秀長が築き、その後徳川御三家の城となった「和歌山城」を訪ね、豊臣兄弟の戦略や性格を読み解く。スペシャルゲストは豊臣兄弟の姉「とも」役の宮澤エマ。
出演
【司会】恵俊彰,【ゲスト】高橋英樹,春風亭昇太,村井美樹,宮澤エマ,城郭考古学者…千田嘉博
大和郡山城
豊臣秀吉の弟であり、「豊臣政権の調整役」として名高い豊臣秀長(とよとみ ひでなが)。彼が居城とした**大和郡山城(奈良県大和郡山市)**は、当時の大和国(現在の奈良県)の統治拠点として、また「百万石の拠点」として非常に重要な役割を果たしました。
2026年の大河ドラマ『豊臣兄弟!』でも、重要な舞台として描かれることが期待されているこの城について、その特徴や歴史を整理します。
🏯 1. 「大和の王」秀長の壮大な城造り
秀長は1585年(天正13年)に紀州・四国平定の功績で大和・和泉・紀伊の100万石を与えられ、大和郡山城に入りました。
大規模な拡張: それまでの筒井順慶(つつい じゅんけい)が築いた城をベースに、秀長は大規模な修築を行い、近世城郭へと脱皮させました。
城下町の整備: 奈良(寺社勢力)を牽制しつつ、経済の中心を郡山に移すため、「箱本十三町」と呼ばれる特権を与えた商工業者の町を整備しました。これが現在の金魚で有名な大和郡山市の原型です。
🗿 2. 驚きの「転用石」エピソード:逆さ地蔵
大和郡山城を語る上で欠かせないのが、急ピッチな工事ゆえの**「石材不足」**です。
逆さ地蔵: 天守台の石垣を積む際、石が足りずに近隣の石仏や墓石、さらには平城京の羅城門の礎石までが運び込まれました。
現在も石垣の中に、逆さまに積まれたお地蔵様(逆さ地蔵)が祀られており、当時の突貫工事の様子と秀長の権力の強さを物語っています。
🌸 3. 現在の姿と見どころ
現在は「続日本100名城」の一つであり、県立公園として親しまれています。
極楽橋の復元: 2021年には、秀長が秀吉を豪華な茶会で迎えた際に通ったとされる「極楽橋」が復元され、往時の威容を取り戻しました。
お城まつり: 毎年3月下旬から4月上旬にかけては、数千本の桜が咲き誇り、「御殿桜」として多くの人で賑わいます。
💡 豊臣兄弟と大和郡山城
秀長は「兄・秀吉に唯一意見できる人物」と言われ、彼が大和郡山城で睨みをきかせていたからこそ、初期の豊臣政権は安定していました。
1591年、秀長はこの城で病没します。もし彼がもっと長生きしていれば、その後の豊臣家の運命(関ヶ原の戦いなど)は大きく変わっていたのではないか……。そんな歴史の「もしも」を語る上で、この城は欠かせない場所です。
📍 訪れるなら…
もし将来、大和郡山城へ足を運ばれる際は、以下のセットがおすすめです。
天守台からの眺望: 奈良盆地を一望でき、天気が良ければ薬師寺や東大寺の塔も見えます。
金魚の町歩き: 城下町には「金魚の電話ボックス」など、遊び心あふれるスポットが点在しています。
和歌山城
和歌山城(和歌山県和歌山市)は、実は豊臣兄弟の協力体制によって生まれた城といっても過言ではありません。先ほどお話しした大和郡山城と同様に、秀長がこの地域の統治において極めて重要な役割を果たしました。
和歌山城と豊臣兄弟(秀吉・秀長)の関わりについて、3つのポイントで解説します。
1. 秀吉の命による築城と秀長の総指揮
1585年(天正13年)、秀吉は紀州(和歌山)を平定した際(紀州征伐)、この地に拠点となる城を築くよう命じました。
秀吉の命名: 秀吉自ら「岡山(現在の城の場所)」を築城地に選び、**「和歌山」**と命名したと言われています。
秀長が築城を総指揮: 実際に築城の総指揮を執ったのは弟の秀長でした。秀長は、秀吉から紀伊・大和・和泉の100万石を与えられたため、和歌山城はその統治の重要拠点となりました。
2. 「藤堂高虎」を抜擢した秀長の眼力
和歌山城の最初の縄張り(設計)を担当したのは、秀長の家臣であった**藤堂高虎(とうどう たかとら)**です。
後の世に「築城の名手」として名を馳せる高虎の才能をいち早く見出し、和歌山城という大事業を任せたのは秀長でした。
秀長と高虎が手掛けた初期の和歌山城は、紀の川を天然の堀として利用した非常に堅固な平山城でした。
3. 秀長から「秀次」へ、そして徳川へ
秀長が大和郡山城を本拠地としたため、和歌山城には秀長の代官として桑山重晴が置かれました。
秀長の死後、紀州は秀吉の養子である**豊臣秀次(ひでつぐ)**の領地となります。
秀長が整えた基盤があったからこそ、後の江戸時代に紀州徳川家(以前お話しした「徳川御三家」の一つ)がこの地に入り、西日本の要として発展させる土台が完成したのです。
💡 豊臣兄弟の絆が見える場所
和歌山城は、兄・秀吉が「天下統一」への戦略的なビジョンを示し、弟・秀長が実務能力と信頼できる家臣(高虎など)を使ってそれを具現化した、まさに**「兄弟の阿吽の呼吸」**が生んだ城です。
大和郡山城が秀長の「生活と政治の本拠」だったのに対し、和歌山城は「紀州という難所を治めるための軍事的・戦略的な出城」という性格が強かったとも言えます。
📍 現在の見どころ:和歌山城の石垣
大和郡山城に「転用石(逆さ地蔵)」があったように、和歌山城にも秀長時代の面影を残す荒々しい**「野面積み(のづらづみ)」の石垣**が多く残っています。
時代によって積み方が異なるため、秀長・高虎時代から徳川時代へと続く歴史の変遷を石垣から感じることができます。
大和郡山城(奈良)と和歌山城。この二つの城を線で結ぶと、秀長がいかに広大な地域を兄弟で支え合って統治していたかがよくわかりますね。
2026年の大河ドラマ『豊臣兄弟!』でも、この和歌山城の築城シーンは物語の大きな見せ場になるかもしれません。
#日本最強の城スペシャル 🏯
— NHK日本最強の城 (@nhk_oshiro) December 31, 2025
今年も残りあとわずか・・・
来年も「日本最強の城スペシャル」をよろしくお願いします。
明日、1月1日元日の夜は!
夜7時30分 NHK総合
大特集「豊臣兄弟」の城
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日本最強の城スペシャル あなたも絶対行きたくなる! 2025新春スペシャル🏯1/2 (木) 19:20 ~ 20:50
🏯日本最強の城スペシャル(9)🏯20(月・祝)夜7:30 [総合]
















