金持ちなのか?エリートなのか?🌸【連続テレビ小説】ブラッサム(16)第4週「岩国と、共に」
金持ちなのか?エリートなのか?
こんにちは
猫好き父さんです
家業とかよくわからない家でしたよね
父親は病気のようだし
不思議
画像は公式からの引用です
あらすじ
珠(石橋静河)が教員を辞めさせられてから、葉野家の収入はリョウ(国仲涼子)が工場で働く稼ぎだけだった。珠は新しい仕事を見つけようと奔走するが、教師がふしだらな逢引(あいびき)をした、という噂が消えず、それが原因でなかなか雇ってもらえない。その様子を見ていたリョウが、本家の葉野酒造に頭を下げて、珠を働かせて貰えないか、と頼み込む。本家で働き始めた珠は、仕事からの帰り道に、ある懐かしい人物と再会する。
出演者
【出演】石橋静河,金子大地,三浦誠己,楠見薫,八嶋智人,国仲涼子
原作・脚本
【作】櫻井剛
音楽
【音楽】fox capture plan
「ほんなら、明日もここで」――。 保さんの言葉に、珠も思わず笑みをこぼします 。 撮影の合間も、お二人には和やかな空気が漂っていました🍡 📱#ブラッサム はNHK ONEで配信中 https://t.co/ERRChobt0t 石橋静河 金子大地 #ブラッサムオフショット https://t.co/uPrgR5At8g
— 朝ドラ「ブラッサム」公式 (@asadora_bk_nhk) October 18, 2026
三高(第三高等学校)
大正時代の「三高(第三高等学校)」は、東の一高(第一高等学校・東京)と並び立つ西の最高峰として、京都の学問・自由主義・青春文化の中心地に位置していました。現在の京都大学教養部の前身にあたる官立(国立)の旧制高等学校です。
大正デモクラシーの自由な気風のなかで育まれた、当時の三高の校風や文化、学生たちの様子について詳しく解説します。
1. 東の一高・西の三高:「自律主義」の校風
明治期に創設された三高は、京都帝国大学(1897年設立)のすぐ隣(現在の京都大学吉田キャンパス内・総合人間学部周辺)にキャンパスを構えていました。
- 東の一高=「自治」/ 西の三高=「自由(自律)」一高が厳格な寮生自治と鍛錬を重んじたのに対し、三高は「自由放任」とも言えるおおらかな校風を誇りました。学生を細かく束縛せず、個人の自主性と良識に委ねる「自律主義」が浸透していました。
- 学問的探求と大正デモクラシー大正時代になると、吉野作造の民本主義やマルクス主義などの最新思想、西田幾多郎らの京都学派の哲学が熱心に読まれました。学生たちは学生寮や吉田町のカフェ、下宿などで夜な夜な論戦を交わしていました。
2. 三高生の象徴:「弊衣破帽(へいいはぼう)」と「逍遥(しょうよう)」
大正時代の三高生は、当時の京都の街において「最高峰のエリートでありながら、破天荒で自由な象徴」として一種の憧れの対象でした。
- 弊衣破帽のスタイルわざと破れかけた学生帽(弊衣破帽)をかぶり、高下駄を鳴らして京の街を歩くことがスタイルとされていました。エリートであることを鼻にかけず、無骨で飾らない反骨精神を誇るカルチャーです。
- 鴨川や吉田山の逍遥講義が終わると、鴨川の河原を散策(逍遥)したり、吉田山や白川のほとりを歩きながら哲学的・文学的な議論に没頭しました。また、琵琶湖疏水沿いの散策やボートでの水練も三高生の日常的な風景でした。
3. 三高文化のシンボル:寮歌『琵琶湖周航の歌』
三高を語る上で欠かせないのが、大正6年(1917年)に誕生した『琵琶湖周航の歌』です。
- 誕生の背景三高水上部(ボート部)の部員・小口太郎が琵琶湖周航の途上で作詞し、既存の曲(吉田千秋作曲の『ひつじぐさ』)にあわせて歌い始めたのがきっかけでした。
- 青春の哀愁と浪漫「遠くかすむは 彦根城」「雄島が陰に 忍ぶ夜は」といった美しい抒情詩は、三高生のみならず全国の学生や民衆に愛唱され、大正浪漫を代表する名曲として現在まで受け継がれています。
4. 主な出身者(大正期前後に在籍した偉人)
大正時代の三高からは、のちの日本の学術・文学・政治・芸術を牽引する異彩を放つ人材が数多く輩出されました。
- 文学・芸術:梶井基次郎(『檸檬』に描かれる京都の風景は三高時代の体験がベース)、桑原武夫
- 科学・学術:湯川秀樹(日本初のノーベル賞受賞者)、朝永振一郎(ノーベル物理学賞受賞者)
- 政財界・思想:三木清(哲学者)、河上肇(経済学者・三高教授としても影響を与える)
特に湯川秀樹と朝永振一郎は三高の同級生であり、京都の自由な学問的風土のなかで共に物理学の深淵へと進んでいきました。
まとめ
大正時代の京都において、三高は単なる受験の難関校ではなく、「教養と哲学、そして圧倒的な自由を享受する青春の理想郷」でした。ここで育まれた自由でリベラルな気風は、そのまま京都帝国大学へと接続され、独特の「京都学派」や「京大文化」の基盤となっていきました。
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