いつの時代も革新者は現れる?🌸【連続テレビ小説】ブラッサム(7)第2週「父からの、解放」
いつの時代も革新者は現れる?
こんにちは
猫好き父さんです
儚い夢だったのか?
画像は公式からの引用です
あらすじ
珠(石橋静河)たちはそれぞれの作品を持ち寄り、一冊の同人誌「黎明」を完成させる。女性の地位向上をうたった忍(木竜麻生)の論文や「イワンの馬鹿」の主人公を女性に置き換えて創作した珠の小説は、同級生の間で評判を呼ぶ。しかし、その余波が思わぬ所に及ぶ。一方、父・清治(渡部篤郎)は相変わらず働かずに遊び歩いていた。しかし、本家から使いが来て「これ以上、金は出せない」と告げる。清治は急ぎ本家へと乗り込む。
出演者
【出演】石橋静河,木竜麻生,国仲涼子,渡部篤郎,八嶋智人,山田真歩,三浦誠己,華優希,中井千聖,瀧野由美子
原作・脚本
【作】櫻井剛
音楽
【音楽】fox capture plan
「ウチらのホンマの気持ちを知っちょるのはこの『黎明』だけじゃ」――。 思い思いの表現で言葉を紡いだ、同人誌『黎明』が完成しました🌸 決められた枠を飛び出し、自分たちの力で人生を動かし始める手応えを感じる瞬間でした。 📱#ブラッサム はNHK ONEで配信中 https://t.co/DLwUPQzlrA https://t.co/TQCVjugoq6
— 朝ドラ「ブラッサム」公式 (@asadora_bk_nhk) October 5, 2026
回覧雑誌(同人誌)
宇野千代(うの ちよ)さんが岩国高等女学校(現在の山口県立岩国高等学校)の女学校時代に作成に関わった同人誌について深掘りしてリサーチしました。
宇野千代さんの回想や文学史において、女学校時代に関わった回覧雑誌(同人誌)は『みはし』として知られています。
1. 回覧雑誌『みはし』の結成と背景
明治40年代半ば、宇野千代さんが岩国高等女学校に通っていた頃、当時の高女では文学や文章に情熱を燃やす女学生たちの間で、手書きの文芸原稿を持ち寄って一冊に綴じる「回覧雑誌(かいらんざっし)」作りが流行していました。
- 同人・結成のきっかけ千代さんは、クラスメイトや文芸好きの友人たちとともに同人誌『みはし』を結成・創刊しました。
- 誌名の由来『みはし』という名称は、地元・岩国の象徴であり美の代名詞でもある名勝「錦帯橋(きんたいきょう)」の「橋(はし)」に由来・ちなんで名付けられたとされています。自分たちの生まれ育った土地への愛着と、文学への架け橋という意味合いが込められていました。
2. 内容と千代さんの役割
『みはし』は印刷物に印刷されたものではなく、部員がそれぞれ半紙やノートに毛筆・万年筆で作品を書き込み、それを紐で束ねて一冊の冊子にし、同人間で順番に回し読み(回覧)するスタイルでした。
- 掲載内容短歌、俳句、新体詩、感傷的な短文(叙情文)や日記風の小品などが収められていました。当時の少女雑誌(『少女界』『少女の友』など)の影響を強く受けた、甘やかで繊細な文体が好まれました。
- 千代さんの関わり千代さんは中心メンバーの一人として作品を寄稿するだけでなく、表紙の装丁や綴じ込み作業、回覧順の管理などにも積極的に関わっていました。早熟で感性豊かだった千代さんの文章は、当時から同人たちの間でひときわ目を引く存在だったと伝えられています。
3. 高等女学校側の反応と時代の壁
先ほどの大正初期の高等女学校の教育目的(良妻賢母の育成、保守的な道徳観)とも深く関わりますが、当時は女学生が勝手に文芸活動を行ったり、回覧雑誌を作ったりすることは「学業の妨げ」「感傷的すぎて良妻賢母の道から外れる」として、学校側から非常に厳しく警戒・取り締まられていました。
- 没収と叱責の対象『みはし』のような回覧雑誌は、教師に見つかると没収されたり、厳しく叱責・反省を求められたりする「アングラな秘密活動」という側面を持っていました。
- 千代さんの反骨心と原点しかし、そうした学校や社会からの制約・押し付けに対する反発心や、抑圧された中で自己を表現したいという強い欲求こそが、後に大正・昭和を代表する作家・編集者・起業家(雑誌『スタイル』創刊など)として開花する宇野千代の「表現者としての原点」となりました。
校規や良妻賢母教育のプレッシャーのなか、錦帯橋の名を借りてひっそりと育まれた『みはし』での体験は、自由奔放で魅力的な人生を切り拓いていく宇野千代さんの文学的青春の第一歩と言えます。
前回までのブラッサム
🌸
🌸

















