小川の衣装は制服しかないのか疑惑💛【連続テレビ小説】風、薫る(100)第20週「家族のかたち」
小川の衣装は制服しかないのか疑惑
こんにちは
猫好き父さんです
晴れの日も
いつもと同じ
まさか
一日撮りだったわけじゃなかろうに
画像は公式からの引用です
あらすじ
りん(見上愛)に背中を押された直美(上坂樹里)は、田之上屋へと向かう。しかし、小川(甲斐翔真)は時間になってもやってこず…。
出演者
【出演】見上愛,上坂樹里,生田絵梨花,甲斐翔真,菊池亜希子,中井友望,片岡鶴太郎,原田泰造,水野美紀,坂東彌十郎
原作・脚本
【脚本】吉澤智子,【原案】田中ひかる
音楽
【音楽】野見祐二
お披露目会のシーン後の上坂樹里さんと甲斐翔真 さん📸
— 朝ドラ「風、薫る」公式 (@asadora_nhk) August 14, 2026
夫婦となった直美と小川。
新たなスタートを引き続き見守ってください🙇♀️
👇直美、おめでとう!https://t.co/wTivAxFI4M[見逃し配信中]#朝ドラ #風薫る#風薫るオフショット pic.twitter.com/96rceR37cq
明治時代(1868年〜1912年)の一般庶民(農村や町人層)における結婚式は、現代のような神社やホテルで行う「神前式」や「披露宴」とは大きく異なり、「自宅で行う祝宴(祝言・しゅうげん)」が基本でした。
明治時代中期頃までの庶民の結婚式の様子、流れ、そして大きな変化について詳しく解説します。
1. どこで行われたか?(自宅での「祝言」)
明治時代の結婚式は、基本的に「婿(男性)側の自宅」の座敷で行われました。
結婚とは「家と家を結び、嫁が男性の家に入ること(嫁入り)」であったため、式場やホテルに移動するのではなく、家の一番良い部屋(床の間のある座敷)に親族や近所の人々が集まって執り行われました。
2. 式の具体的な流れと儀式
式の進行は宗教的な儀式(神父や神主によるお祓いなど)ではなく、「仲人(なこうど)」の司会進行のもと、集まった人々にお披露目し誓いを立てるスタイルでした。
【嫁入り行列】 → 【祝言(盃の儀)】 → 【披露の宴会(長時間の宴)】
- 嫁入り行列(よめいりぎょうれつ)夕方から夜にかけて、花嫁は自分の実家から仲人夫婦や付き添いとともに、長持(ながもち)や箪笥(たんす)などの嫁入り道具を携えて婿の家まで歩いて向かいました。近所の人々が道に出て祝福(時には冷やかし)する重要なイベントでした。
- 三々九度の盃(杯の儀・固めの杯)婿の家に到着すると、暗くなった座敷で蝋燭(ろうそく)の明かりの中、式が始まります。仲人の仲介で、「三々九度の盃(さんさんくどのはかずき)」を交わします。これにより、二人が夫婦となったことが認められました。続いて義理の親子・親族となるための「親子固めの杯」「親族固めの杯」が行われました。
- 祝宴(宴会)固めの杯が終わると、そのまま同じ座敷で宴会になだれ込みます。料理はごちそう(仕出しや近所の手伝いによる手料理)が振る舞われ、祝い歌(めでた歌)や手締めが行われました。宴会は深夜まで、時には数日間にわたって続くこともありました。
3. 衣装や道具の特徴
- 花嫁の衣装(黒引き振袖)現代のような真っ白なウェディングドレスや白無垢(しらむく)は、一般庶民にはあまり普及していませんでした。庶民の花嫁の定番は「黒地の引き振袖(黒引き振袖)」や、家にある一番上等な晴れ着(小紋や紬など)でした。黒い着物には「嫁いだ先の家風に染まる(他の色には染まらない)」という意味が込められていました。
- 高島田(たかしまだ)と角隠し(つノかくし)髪型は自毛で「文金高島田(ぶんきんたかしまだ)」を結い、簪(かんざし)で飾り、角隠しや綿帽子をつけました。
4. 明治33年(1900年)の大きな転換点:「神前結婚式」の誕生
明治時代の中頃まで「神社で結婚式を挙げる」という習慣は日本に存在しませんでした。しかし、明治33年(1900年)に大きな変化が訪れます。
- 皇太子様(のちの大正天皇)のご婚礼皇室の結婚儀式が宮中の賢所(かしこどころ)で行われ、これが社会に大きな影響を与えました。
- 東京大神宮(日比谷大神宮)での神前式スタートこれを受けた東京大神宮が、一般庶民向けに「神社で執り行う結婚式(神前結婚式)」を創始しました。
これにより、明治時代の終わり頃から都市部の富裕層や知識人を中心に「神社で式を挙げ、料亭で披露宴を行う」という新しいスタイルが広まり始め、これが現代の日本の結婚式の原型となりました。
まとめ
明治時代の一般の人々にとっての結婚式とは、「夜、男性の自宅に集まり、三々九度の盃を交わして、地域や親族に『新しい嫁が家に入ったこと』をお披露目して酒を酌み交わす祝言」でした。
厳粛な宗教儀式というよりも、地域コミュニティや親族との繋がりを強めるためのアットホームで賑やかな行事だったと言えます。



















